あぁ、麗しの君
小夏は青ざめた顔のまま不機嫌そうに口を尖らせている。
四谷はどうすればよいのかもう訳がわからずぐらんぐらんと揺れ続けていた。
しばらく呆然と二人プールを見つめたままつっ立っていると、急に小夏が口を開いた。
四谷は驚いて跳びあがる。
「…ごめんね、かーくん。」
「えっ?!何で?」
四谷は謝るのはむしろ自分の方ではないかと目を見開いた。
自分が情無いばかりに夏の命令を断れなかった。
それを思った四谷は男として全く面目が立たないとずっと気にしていたのだ。
驚く四谷をしりめに、小夏はけろりと答えた。
「…ほんとはね、プール好きなの」
「えぇっ」
小夏は阿呆の様にすっとんきょうな声を上げ続ける四谷を見てけらけらと無邪気に笑った。
それを見た四谷は意味がわからないながらもついつい微笑み返してしまう。
小夏は一通り笑い終えると、ぺたんとその場に座りこんだ。
四谷は隣で肩を並べ座る勇気がなかったため立ったまま小夏を見下ろした。
「かーくんほんとは、海にいきたかったんでしょう?」
小夏は意思の強そうなくりくりとした瞳で四谷を見上げる。
四谷は上手く目をあわせられない。
「でも小夏はどうしてもいきたくなかったの。だからああ言ったらプールにしてくれるかなって。ママっていっつもそうなんだもん。小夏がいやっていったことぜったいやらせるから。…かーくんがたのしいようにお水がいっぱいのとこにしたんだけど…。でもやっぱしちょっとこわいの。なんだか海みたいで…あれっかーくんどうして泣いてるの?」
小夏は驚いてもう一度立ち上がった。
一方四谷は汚らしくぼたぼたと涙を流しまくっている。
「ごごごめん小夏ちゃん!!」
小夏はきょとんとした。
四谷はぶんぶんと頭を振り続ける。
「俺がっ…俺が変な妄想をしたばっかりにわざわざプールに来させられてあげくの果てに怖がらせてしまうとは!ごめん!ばがでごべん…っ」
だばだばと涙を流し続ける四谷…。
小夏は背伸びをしてその涙を小さな掌で擦ってやった。
「ごめんねかーくんっなかないでよう」
「うぅ…ありがとう…」
四谷は嬉しさのあまりぷるぷると震えた。
そんなおかしな様子を周囲は若干引き気味に見ている。
四谷は自らも涙を擦ると、にかっと笑った。
「よし!じゃあ小夏ちゃんの不安が消えるくらいに今日は楽しもう!大丈夫!かーくんがついてるから!!」
小夏は一瞬目を見開き、にこっと花の様に笑い返した。
四谷はもうここは天国かもしれんと思いながらも小夏の浮き輪を引いて(手を繋ぐ勇気など皆無であった。)第一の戦い、流れるプールへと進んで行った。