小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

185gの缶詰

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 

「そういうわけで、最近は軍事系の会社との繋がりを深めるのが仕事の一つですね。どうせ作るなら新鮮な肉を採れるような、肉を駄目にしないで即死させるようなそんな武器開発をしてくれと頼んでいます。まぁ食糧不足は世界的問題ですし、彼らにも武器を売るなと言っているわけじゃないですから、交渉は上手く行きそうですよ」
「保護団体の人達は、このことは知らないんでしょうね」
「知らないでしょうが、動物達を守る為に命を落として、そして食べられて動物達を守れるなら本望ではないでしょうか。彼らが食べられれば食べられるほど、動物達は命を落とさずにすむ。そして動物達を食べる人間も減っていくんですから」
「でも、死ぬ人が減ったらどうなるんでしょう? そうしたら缶詰も作れなくなってしまいますよね」
 私の問いに、男は力強く頷いた。
「きっと、その頃には牛肉も魚も野菜も思い切り食べられるようになるでしょう。人は減る、動物は増える、保護する人はいなくなる。きっと以前通りになりますよ」
「牛肉のステーキも、食べられるでしょうか」
 男はその時だけ声に感情を滲ませた。
「ええ、きっと。ああ、楽しみだなぁ。私、カレイの煮付けが好きなんですよ。昔は海の近くに住んでいて、お袋の得意料理だったんです。早くそんな日が来ないかな」
 私はカレイの煮付けの味を思い出そうとした。しかしもうそれを食べたのは随分昔の気がした。その味を思い出そうと男を見た。
 男は幸せそうに微笑んでいるようだった。マスクに隠れて口元は見えなかったが、どこかうっとりとしていて、その視線は遠くを見ていた。視線の先には先程からずっと缶詰やピンク色の肉が同じ速度で流れ続けていて、真っ白い作業員が同じような姿勢でそれらをチェックしている。だけれど男はそれを見ていながら見ていないだろう。微笑みながら、カレイやヒラメや他の色々な魚が泳いでいる広い海を想像しているに違いなかった。

 一人暮らしのマンションに帰ってきて、私は机の上にスーパーの袋を置いた。やっぱり買ったのは缶詰だった。人がみっしりと詰まっているはずの缶詰だった。
 私はそれに軽く触れながら想像した。人肉となって、肉の缶詰となった人々を想像した。
 彼らは何を守ろうとしていたんだろう。そうふと思って私は彼らの名前を想像してみた。想像した名前を口の中で転がしてみた。
 ポール、ベン、田中、佐藤、マイケル、メアリー……。
 だけれど、私の中ではやはり彼らはぼんやりした、実体のないままだった。私にとって想像された彼らは、やはり肉の缶詰だった。口の中で転がすあの味の濃い肉に過ぎなかった。今の私の生活に欠かせない安価な缶詰に過ぎなかった。
 そのまま缶詰を冷蔵庫に閉まってしまうと、私は何とはなしに、母に電話をしていた。手の中の携帯電話から、母が「どうしたの珍しい」と挨拶もなしに言ってくる。私は「うん」と少し言葉を探し、「就職決まったよ」と言うと、母は「おめでとう。不景気なのによく見つけたね」とからからと笑った。私は「うん」と言って、話題を探した。
「缶詰の不良品を見つけたり、箱につめたりするみたい」
「そう」
 そこで沈黙した。会社について、肉の缶詰について、それ以上私には語れる言葉もなかったし、語りたいことももうなかった。
 ただ、上司になる人のあのマスク越しの微笑を思い出した。彼は夢見るように微笑んでいた。希望を持っていた。それはここ数年私が見ていなかった微笑だった。彼が言ういつか好きなものを思い切り食べられる日のことを想像し、やっと聞きたいことが見つかった。
「お母さん」
「何」
「カレイの煮付けってどうやって作るの」
作品名:185gの缶詰 作家名:珈琲