君が教えてくれたこと
「義叔母さんたちが生きてた頃の祐一、もっと自然だった。何を考えていたかすごくよく判ったわ。覚えてない?祐一結構やんちゃだったのよ。やんちゃで、負けず嫌いだった。一緒に遊んだじゃない。わたし、駆けっこだって水泳だって、キャッチボールだって、何だってこなしてたもの。あの頃、祐一とわたし、おんなじ所に立ってた。男も女も関係ないぐらい。でも、今はそんな風に思えないわ。うちに来たときから何だかどんどん言葉が少なくなって、今は、祐一が何を考えてるのか全然判らない。見下されてるみたいに思うこともあるわ。祐一はわたしのこと何もかもお見通しなのに、わたしには祐一が全然判らないんだもの」
少し、空白の時間があった。
「ぼくは、君のことを見通してなんかいないよ」
静かに、祐一は言った。
「でも、男女の別が関係あるのかどうかは判らないけど、いつまでも、お互い子どもじゃないよ。お互いに判らない部分が多くなるのは、むしろ当たり前だと思うんだけど」
「話してくれないの?」
「何が訊きたいんだ?」
祐一は、逆に問い返す。
「進路のことは、時期が来たら話すよ。まず、義伯母さんたちに相談してからじゃないと、君に話すわけにはいかないよ」
「じゃ、訊くわ。ママたちのこと、本当はどう思ってるの」
祐一は眉を寄せる。
「いきなり、何を言い出すんだよ」
「祐一が訊けって言ったのよ。祐一は何にも言わないし、あいつらと喧嘩してるのも見たことないけど、判ってるでしょう? あんな分からず屋、あいつらこそ先に死んだらよかったのよ。義叔母さんたちの方が、百倍も素敵だった。祐一だってそう思うでしょう?」
「祥子」
祐一は席を立った。
「ぼくには両親と伯父さんたちを比べるなんて出来ない。君も比べるべきじゃないと思うよ」
「そんな風にごまかすのはやめてよ。卑怯だわ」
切りつけるように祥子は言う。
「ごまかしてるんじゃない。たまに遊びに行く親戚の家の方が居心地がいいのはよくあることだと思う。可愛がってくれるからさ。進路のこととか、色々衝突もあっていらいらするのは判るけど、親だから厳しいことも言わなきゃいけない。それをほかの人と比べるのは、無意味だし、公平じゃないよ」
祥子の眸を、一瞬激しいものが掠めた。
「それは本心なの? 本当に、心からそう思ってる?」
「―――思ってるよ」
自らの一瞬の狼狽を、祐一は自覚した。それゆえに一層、口調はきついものになってしまう。
祥子はじっと祐一を見つめてくる。その鋭さ、激しさを祐一は受けとめきれず、わずかに視線を逸らした。
「……もう、やめよう」
答えはない。ただ、その眸はほとんど物理的な力を持っていた。祐一は自分がそれに圧倒されたことを感じていた。その存在感に比べて、自分の言葉はいかにも力ない、空疎なものに思えた。
「こんな話は、もう―――」
「ほら、祐一だって、本当は判ってるんじゃない」
恐らく意識してはいないだろう。だが勝ち誇ったような口調で放たれたその言葉は、祐一の胸に刺さった。
祐一は視線を上げ、祥子の顔を見る。
「おやすみ、祥子」
話を打ち切るつもりで、祐一はそう言った。
「ぼくも、もう寝るよ」
「判ったわ。じゃあ、おやすみなさい」
祥子は言い、踵を返す。
扉が閉まり、祥子の姿は消えた。
『じゃ、訊くわ。ママたちのこと、本当はどう思ってるの』
『それは本心なの? 本当に、心からそう思ってる?』
『祐一だって、本当は判ってるじゃない』
祐一は崩れるように椅子に腰を降ろした。
祥子。
どうか、それ以上言わないでくれ。
何故彼女はいつも祐一に言わせようとするのだろう?
その言葉で、そのまなざしで。
祐一のうちに存在する、意識の奥深く沈めた―――切なるものを。
永久に喪われてしまったものたちへの、悲しみと強い憧憬の思いを。
おそらく彼女には判らないことなのだろう。祥子はあまりにも揺るぎない場所に立っているから―――
思い出させるな。
呼び覚ますな。
眠らせたものを。
どうか―――
作品名:君が教えてくれたこと 作家名:深川ひろみ