小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
深川ひろみ
深川ひろみ
novelistID. 14507
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

君が教えてくれたこと

INDEX|4ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

第一章 訪問者(2) - 訪問者(1) -



 簡単に校内を回ってから、二人は連れ立って門を出た。安人は自転車、祐一は徒歩だったので、安人は自転車を押して歩くことになる。安人の歩くペースはやや遅く、祐一はそれに合わせた。
「内原って、首席なんだってな」
 安人の言葉に、祐一は苦笑した。
「誰に聞いたのか知らないけど、いつもってわけじゃないよ」
「でも、大体総合の一位はお前だって聞いたぜ」
 呼びかけが「おたく」から「お前」になる。不思議に馴れ馴れしい印象は受けなかった。
「そういう君のほうこそ、ずいぶん成績よかったんじゃないのか? そんな話聞いたんだけど。上ノ京高校って名門だし」
「さあ、編入試験は合否しか教えてくれなかったから、どうなのかな。だけど、俺結構教科によって出来不出来の差が大きくてさ。理系と文系でえらく差があるんだ」
「ふうん……。クラブとかは、何かやってたのか?」
「天文部に入ってた。もっとも、あんまり真面目な部員じゃなかったけど」
 祐一は少し意外な気持ちになる。
「ふうん? ずいぶん日焼けしてるから、体育会系かと思った。うちでも入るの?まあ、もうあんまり時間もないけど……あれ、どうかした?」
 安人の表情にどこか感心したようなものが現れたので、祐一は戸惑った。それに気づいたように相手は微笑し、軽く肩を竦める。
「いや、鋭いなと思って。じつはちょっと陸上もやってたことがあってさ」
「そうなのか。かけもち?」
「いや。陸上辞めて天文部に入ったんだ」
「何だか全然つながりがなさそうなのに、不思議な取り合わせだね」
「まあ、そうだろうなあ」
 安人の口調は相変わらず軽かったが、どこか歯切れの悪いものも感じられる。祐一は話題を変えることにした。
「よく知らないんだけど、上ノ京高校って旧いのか?」
「いや、霧島高校(そっち)に比べりゃ全然。何せ、創立が明治時代までさかのぼるんだって?」
「まあ、ぎりぎりだけどね。今年で創立八十八年だから、一九一〇年創立か。一九一二年から大正時代になっちゃうだろ」
 安人は大仰に頭を抱えてみせる。
「……悪い、頭痛が。歴史のお勉強は勘弁してくれよ」
 その仕草がおかしかったので、祐一はちょっと笑った。
「苦手?」
「現国と歴史は天敵」
「選択は?」
「地理と日本史。まあ、地理はまだ何とかなるんだけど」
「じゃあ一緒だ。ぼくは地理よりは日本史のほうが好きだけどな」
 そんな他愛のない話をしながら歩くうち、「内原」と表札のかかった家に着いた。家の造りは和風で、門から玄関までは砂利が敷き詰められている。豪邸というほどではないが、かなりいかめしいというか、どこか格式ばった雰囲気があった。
「じゃあ、ちょっと上がっていって」
「助かるよ」
 頬笑んで安人は応じる。木製の格子のついた引き戸の鍵を開け、祐一は安人を中へ通した。
「お邪魔しまーす……って、誰もいないみたいだな」
「うん。ちょっと出かけてる。こっち」
 祐一の部屋は二階にある。安人は祐一に続いて入り、物珍しげに周囲を見回した。
「へえ、結構広い」
「そうかな」
 祐一の部屋は八畳のフローリングで、そこにベッドと学習机、それに本棚とクローゼットがひとつずつ置いてあるだけだ。
「あ、物が少ないのかな。……きちんと整理してあるし。俺の部屋とえらい違い」
「そうなのか?」
「俺の部屋、あんまり床が見えないから」
「何畳?」
「六畳」
「ここ、八畳あるからさ。二畳の差は大きいかも」
 言いながら祐一は鞄の中と学習机の本棚から必要と思われるノートや教科書、問題集の類を抜き出し、机の上に積んだ。
「好きに見ててくれて構わないから、とりあえず机使っててよ。コーヒーと紅茶とどっちがいいのかな」
「あ、お構いなく。とか言いつつ、コーヒーひとつ。ブラックで」
「オーケイ」
 祐一はちょっと微笑してみせてから、部屋を出た。

          ☆

 部屋に戻ると、安人は物理の問題集をチェックしている。祐一は机にコーヒーとクッキーを置いた。
「あ、悪いな」
「役に立ちそう?」
「ああ、十分。やけに丁寧なノートだなあ。売れるぜ」
 祐一は苦笑する。
「誰に売るんだよ。君に?有料にしようか」
 安人は肩を竦めた。
「いけね。言わなきゃよかった。―――まあ、また何かおごるよ」
「いいよ、そんなの。読解(リーダー)の教科書、ちょっといい?」
「ああ。読解は教科書一緒だな。進み具合だけ後で見せて」
「判った」
 祐一はベッドに腰を降ろし、予習を始める。安人がふと気づいたように振り返った。
「悪いな、机占領するけど」
「いいよ」
 それからしばらくは、お互いに言葉少なになった。ときおり安人が質問を投げかける程度だ。昨日今日に会った人間の部屋にいきなり上がりこんできたのだから、考えてみればずいぶん図々しい転校生もあったものである。しかし当人に全く屈託がないせいなのか、特に不快な印象を祐一はもたなかった。
 一時間半ほどが過ぎただろうか。
「中里」
 祐一はベッドから立ち上がり、机の横から声を掛ける。
「古典の教科書、ちょっと借りていいかな」
 安人はめくっていた理科の資料集を閉じた。
「あ、いいよ。―――っていうか、一応全教科、一通り眼は通したから。ありがとう」
「早いな」
 祐一は安人から古典の教科書と古語辞典を受け取り、再びベッドに腰を降ろす。安人はクッキーを口に放り込んでから、軽く伸びをした。
「日本史進んでんなあ。もうほとんど教科書終わってんじゃん。うちじゃ夏休み前までかけるぜ」
「先生が本当にポイントしかやらないんだ。後は細かい暗記事項だから自分で、って感じかな。でも、結構流れの押え方とかは的確で解りやすいよ」
「でも微積は遅い」
「そうだな。ぼくもそう思う」
 安人は椅子を回転させ、本棚に眼をやる。
「ところで、さっきから気になってたんだけどさ」
「何?」
「お前、ひょっとするとすげえ乱読だろ」
 祐一は苦笑する。
「この本棚?」
「英米にロシアだろ、その辺に日本文学、と歴史物か。で、何か植物図鑑とか鳥類図鑑とかがあって、旅行のガイドブックがずいぶんあるな。二段目あたり、あれ哲学書じゃねえの? それからエッセイがあって、何でその横に電気回路の本とかあるんだ? あと下のほうは写真集とか写真の本、って、何かすごいラインナップなんだけど」
 すらすらと読み解いたところを見ると、理系一辺倒に思えた今までの会話とは裏腹に、案外とこの転校生は本好きなのかもしれない。
 祐一は微かに苦笑を浮かべた。
「全部がぼくの趣味じゃないんだ。両親とぼくの三人分が一緒になってるから」
「ああ、なるほど。確かにこの本棚結構大きいもんな。まとめて置いたらこうなるわけだ」
「まあ、そんな感じかな」
 そう答えたとき、部屋の扉を軽くノックする音がする。
「何?」
 祐一は扉に視線を向けた。当然のことながら、相手は判っている。
「入ってもいい?」
「構わないけど、今友だちが来てるんだ」
「判ってるわよ」
 勝気な印象を与える声と共に、ガチャリと扉が開く。声の主は、肩にかかるストレートの髪をゴムで無造作に一つにまとめ、服装はTシャツにジーンズというラフな格好だった。
「靴があったし、声がしたし」