Light And Darkness
「それが望みだというのか……。本当に、お前は……」
亡骸は、答えない。
「答えろ……」
血が。止まらない。その体が、冷えはじめる。
「答えろ、倭健。……小 碓 命」
ずるり、とむくろが、青年の手から滑りおちた。血まみれの、血溜まりのその中へ沈む。
「く……っ」
両手。鮮血に染め上げられた、掌。もう、落ちない。汚れたこの手。
赤くて。赤くて、あまりにも真っ赤で、眩暈がする。胸を焦がす、不快な感情。
可笑しくなってしまう。須佐鳴は、血だまりの中に両手を突いて肩を震わせながら、押し殺した声を上げて笑った。
戦うことには飽きがきた。
ひこうにも、もう後がない。
疲れてしまって、何もかもがぼろぼろだった。
「そうだな。終りに……しよう……」
その言葉は、最期の宣告。青年は処刑の告知のように、それを受け止め胸に刻んだ。
もはやそれは、はるかな安堵だった。
ふたりのゆくさきには、破滅が待っている。
息をひそめて、待っている。
「……小碓……」
青年は、すい……と宙に手を述べる。
右手は『沼矛』の印を結び、最期の儀式にはいる。すべてを滅ぼし終焉をもたらすために。
「これで……っ」
青年が呟く。
「これで、なにもかも……っ!」
終りにする。
空気の流れが止まり、その掌には『神力』が溢れだし、凝縮し、風を逆巻いて実体化してゆく。巨大な『力』の発現する。巻き起こる風に煽られながらも、青年は閃光の中でいま、己の掌に顕現しようとするものを見つめた。
これまで、膨大な敵を屠り、その命の灯を奪ってきた、狂気の神剣を、喚ぶ。
「我、これもて御敵を熄滅せん!」
須佐鳴の『神力』は輝く光となって、紫電を飛び散らせる。光の塊は膨れ上がって。
「――神器光臨!」
ひとふりの煌めく剣になる――。
風が、青年を呷る。
ぎり、と青年は歯を食いしばった。こんな狂気は終らせてしまうしかない。
そう、もうすぐ終るのだ。長かった生も、深すぎた罪も、禁忌も、なにもかも。
消える。消えて、なくなる。
捩じれた欲望、も。
こんなものは、狂った感情も。私たちは互いに、もう、微塵も正常な心を持ってはいない。清らかな神などという存在ではない。
――狂気。
いつだって。
生きてゆくには、それだけが確固たる存在だった。
作品名:Light And Darkness 作家名:さかきち@万恒河沙