Light And Darkness
青年は呆然と瞬きもできずに、跪いてそのやけに重い体を膝の上に抱き上げる。あまりにも生々しすぎる赤い液体が、掌にべっとりついた。胸からは鼓動とともにとめどもなく血が溢れ、またたくまに血溜まりになる。
「倭健!……おい…っ……。たけるっ。た……っ!」
ふう、と少年の瞼が動いた。青年――須佐鳴の姿を、ちょうど見上げるように。
「……百年の……のちにまみえよう。そうして天照の名のもとに……必ずや貴方を討ち取ってみせよう……っ」
生臭さばかりがあふれかえって鼻につき、青年の目はみるみる驚愕におののく。少年の瞼から、頬を伝って落ちた涙はその頬を濡らした。どんどん、血の気が失せてゆく肌を。
「……あなたに、………」
唇が、微かに震えたような気がした。倭は耳を近づける。
『彼』が何か言うのなら、その言葉を唯の一つとて聞き逃すわけにはゆかなかった。
微笑った、ようだった。
確かに、少年は彼を見上げ、淡い微笑みを浮かべた。儚すぎる、ちいさな笑み。
「……愚か者……。のたうちまわって苦しむがいい……っ」
ごふ、と唇から鮮血があふれた。喉の奥で空気が鳴き、少年はそれでも満足そうに――笑う。
「それが……お前のこたえか……っ」
少年の体を抱き留める腕が震える。
「ふふ……」
「……倭健……」
「そう……。その眼。そのまなざしで、私を憎めばいい……。私は、屈しない。あなたには負けない……っ」
青年を見据えるまなざしは、凄まじいまでの冷たさで彩られていた。
「須佐鳴命……」
「――馬鹿な……こと……を……」
「こんな宿体捨ててやる。……あなたに、勝つために。百年眠り、この傷を癒し、そして必ずや我ら伊勢神族が勝利する……!」
「……――な――!」
「そのときは、覚悟をもって迎え撃て……。次に巡り合える時を、最期に……し……よ……」
ふいに、首から力が抜けたのは、そのすぐ後だった。微笑みはそのまま、少年の顔に凍りついて張りついた。凍結した。もう……ぴくとも動かぬそれ。
「……っ……」
少年はたったいま、息絶えた。
その小さな笑みが、最期だった。
「お……ぃ……」
胸に顔を埋めて、その命を手放した少年のからだ。揺すって、みる。
ぼとぼとと、あらたに血が飛び散るだけだ。
「……お……いっ」
首を、振る。
こんなのは……違う。何かが、間違っている。
作品名:Light And Darkness 作家名:さかきち@万恒河沙