時明かりに結夢
「今回はかかるのか……ええと……神結い?」
思い当たった名称を口にするも、真那賀はくすりと微笑を零す。
「ちがうわ、霊鎮め」
「どっちでも構わない」
「構うの。神結いは土地に御霊を結ぶ儀式だから、短くても三晩は要する」
加えて巫女が説くには、霊鎮めは土地神に平穏を取り戻させる儀式。数時もあれば終わるのが通例らしい。ややこしいと呟けば、真那賀は憂えて吐息を溢す。
「憶えろとは言わないもの。安心して」
諦められればまたそれで癪である。彼女の黒髪を追い抜いて、暗がり出す森を急ぐ。それに負けじと巫女も又足を速めた。
「――大体、人間は面倒な言葉で括りすぎだ」
「射干には不必要なのだからそれでいいじゃない。何を拗ねているの」
「拗ねてない。それに、憶えぬとは言っていない。これでもお前よりは長く生きているのだからな」
「ああもう、煩わしい!」
途端、ぴたりと足を止めて。突然の雷鳴に都来は背筋を強ばらせた。反射的に鳴神を振り返る。待ち受けるは矢張り、呆れと怒りを含んだ顔。やがて呆れの優った表情が、深く深くため息を逃がした。
「たった数百年生きているくらいで何よ」
「たった、って……」
都来は舌を巻いた。僅か十数年ばかりの生をいきる者が物の怪に向ける言葉とは思えなかった。
彼女の瞳は射るように鋭い。葉の擦れる音に紛れ、どこかで雉が鳴いている。翳る森の中、真那賀の羽織る純白もまた闇色を纏い始める。
その瞳に清寂が混じったのは、只の錯覚か。
「貴方に面倒があるのは普通のことだわ。気に食わないことがあるのも分かってる」
さわさわと夕風が森を震わせる。立ち尽くす都来を置いて、娘が夕暮れを目指す。声だけが残っている。
「けれど、仕方ないでしょう。私が捕まえてしまったのだから」
それから、ごめんね、と呟く声が聞こえた。
声量は踏みしめる若草に掻き消える程。呼吸の裏に紛れてしまう迄小さな声だった。
それでも、従う獣の耳には確かに届いていた。
代わりにその姿を見詰め続ける。それに応えることは、正しい言葉を返すことは、出来なくとも。