時明かりに結夢
二、ひかり
木々の騒めき、その奥に水の音。
役目を終えた少年はひとり、水干姿でいつもの木の上に体を預ける。覆い広がる鎮守の杜の中で、北東方にあるはずの滝の流れに耳を澄ましていた。
今頃は、あの神巫女が穢れを祓っている最中だろう。本性が獣である彼は好んで水場に近付こうとは思わない。以前はわざわざ冷水に身体を浸す人間を奇妙に思ったものだった。務めだと笑う姿に益々首を傾げもした。人というのは実に、とりわけ神に仕える者というのは実に不思議な存在であると。
彼は時折、昼間のように使いを出され、人の棲む世を歩くことがある。その折々に覗く人間の町や集落はここよりずっと活気付いて華やいだ場所だった。住まう場所を拡げ、貨幣をもって物品のやり取りをする。己の縄張りに満足出来なくなった人間は更に余所の縄張りへと手を伸ばす。
その仕組みは次第に速まり、都来がただの野の獣だった頃から何も変わらない。だからこそ違いが広がっていく。
杜の中だけは何百年前と変わらず。その中に留まる者共も、同じ様に取り残されていく。
望んだのだと、娘は言った。
或いはそれが宿命だと。
何年経れども想う。人間と云う生き物はなんと不便なのだろう。
「また此処に居たのね」
いつの間にか転寝に落ちていた枝の下から声がする。
その黒髪からは未だつめたい雫が滴っている。白い頬は冷え切っているはずなのに、真那賀の表情は変わらない。
「貴方はそろそろ夕餉の刻でしょう。戻りましょう」
目を遣った西の空はいつしか斑色に染まり出していた。ああなれば闇は速い。
「面倒だな」
その返答がどれに返されたものか、自身にすら判らないまま。それでも真那賀はふわりと微笑み、正しい応えを返す。
「こういう生き物なのよ。馴染まないでしょうね」
「俺には喰って寝てが精々だ」
巫女の傍らに着地して欠伸を続ける。本当は、何れ程冷えているのか触れて確かめようかと思いもしたけれど、それすら面倒でやめてしまった。
「明日は日の出前に出るわ。今日は早く休みなさい」
その忠告が彼女自身には無縁であることも、射干は既に知っている。