時明かりに結夢
言伝から戻ると何やら境内が騒がしい。騒々しいというよりは、どこか華やいで落ち着かない雰囲気が漂っている。
側仕えの氏子がそわそわと行き来する中、怪訝に思いながらも、都来は帰り着いた旨を報告する為に主人を探す。この阿佐御神社を纏める若き巫女を。声を張るでもなく、気配を辿るでもなく、単に彼女が居るはずの庁舎へと足を伸ばす。
「真那賀?」
「こっちよ」
勤めが終わったのか、そこに巫女の姿はない。代わりに住居を兼ねる内殿の方から呼ぶ声がする。渡殿を飛び越えて中庭へ。前栽を掻き分けると開け放した障子の先に主が佇んでいた。
「早かったのね。おかえりなさい」
顔を出したのに気づき振り向く。
何をしているのか、と尋ねようとして口を噤んだ。その簡素ながらも煌びやかな出で立ちを見れば分かる。先合い菱の上に白の打掛。氏子達が嬉々として語っているのも以前から耳にしていた。白無垢というのだとも吹き込まれている。それに何より、知らぬ振りをするのが癪だった。
あれは、翌月の支度だ。
嗚呼と、彼は喉の奥で嘆息する。
「婿取り、ねぇ。よく貰い手がいたもんだ」
縁側からにやりと笑みを繕う。真那賀は意地の悪い言葉にも動じず、ただ一笑に付した。その瞳は優美、純白を纏った所為だけではない筈だ。それなのにまるで天女のように達観した色をしている。
「当たり前よ。私は長女巫女ですもの。年を鑑みれば遅いくらいだわ」
事実、彼女の母や祖母が十七や其処等で婿を迎えているのを見れば、己が未だに玉串を手に取っているのは些か冗長だろう。
けれども矢張り、それも又、彼女の御霊故である。
と、羽織っていた白無垢からするり腕を抜く。着々と片されていく一揃いを眺めつつ、都来がふと問う。
「もう良いのか?」
「ええ。そろそろ禊に入らないと」
整え直した緋袴に白の小袖。振り向いたそれこそが馴染みある姿だった。我知らず安堵の息を吐く都来。
「婚儀を控えているというのに忙しないな」
ゆるりと微笑みながら巫女は簀子を抜ける。それに追いつこうと、高欄に沿って歩き従った。
「神巫女として玉串を振るえるのは今だけだもの」
従属の心情を知る由もなく、さらさらと歩む娘。何気ない言葉には揺るがぬ決意の表れ。
それは眩しい程の。
浮世に流されることなく、黄泉の土に埋没することなく、娘は鎮守の杜に我が身を写す。
薄れることなく、自らの魂に従いて。
ややあって、思い至ったが如く従属へ問う。
「明日からの祭事、あなたも来る?」
「そうだな、どうせ時間は沢山ある。付き合ってやる」
嘯けば、花の様に笑い。
「言っておくけれど、禊に付いて来るのは無しよ」
「誰が行くか」
「来たら、丸洗いにしてやるんだから」
そうして角を曲がり、渡殿の奥へと消えていく。
その先は神仕えの者しか入れない。神仕えでも人でもない都来には縁遠い場所だった。
後姿を追うのは未練がましく、くるり、背を向ける。
嗚呼、離れて行くのだな、と思った。