時明かりに結夢
「はい、これ。宮司さまからの御使いね」
女が懐から出したのは、所謂書状というものだった。ある場所への返答の認められた大切なものだ。彼はそれを一瞥して、今度こそ溜め息を吐く。女が自分に求める行動を理解しているからだ。
都来は立ち上がるのをやめ、そのまま根の上に腰を下ろした。必然的に娘を見上げる形になる。
「飛脚を使えばいいだろう?」
「あれは手間も時間もかかるもの。貴方に頼めば一瞬だし、無賃だわ」
悪びれもせず、建前を並べることもなく、娘は自分達の利益を語った。この場合、『自分達』の中に都来は含まれて居ない。じっと睨みあげても彼女の顔色は変わらない。ただにこりと口角をあげ、都来が受け取るのを待っている。受け取るしかないと知っているというのが正しいか。
都来は人間ではなかった。そればかりか生半可な生を受けた存在でもない。その齢は既に数百、長く生きたが故に人語を解し人に化ける術を覚えた射干だった。
観念して手を伸ばすと、不満を汲んだ様に娘が付け加える。
「嫌ならただの獣に戻りなさい。自由は利くわよ」
毛皮にされる確率も格段に上がるでしょうけど、くすりと笑うのは、冗談なのか脅しなのか。手渡されながら結局口答えはしない。
このような小間使いばかり。
それでも逃げない理由は、彼自身にも分からないのかもしれなかった。
「良い子ね」
それを見透かしたように、娘が優しく微笑む。
娘は名を真那賀と言った。その装束から分かるように、この神社に留まる巫女である。齢は僅かに十九を越えた所、それでいて神社を統べる地位にある。数十倍も生きる都来が大人しく捕らわれている理由も同じである。
けれど、本当は都来も知っている。
恐らく彼女は、嫌だと言えば放してくれるだろうということ。名残惜しんでくれるかもしれぬが、腹の底から意地悪く通す人間ではないだろうということ。
それ程の時間という絆をお互いは結んできた。だからこそ、都来は首の綱に甘んじている。やわらかな絹の綱を引き千切ることもせず、彼女の庭で暢気に舟を漕いでいる。
それを奇妙だと思うことはあれ、退屈だと思うことはない。今の所は。
草原の丘に立って、空を見上げる。一呼吸のうちに旋風が巻き起こる。都来はそれに足を懸けふわりと宙に浮かんだ。そして忽ち、風を纏ったまま、東の空へ滑り出した。
その懐には、言いつけられた通りに書状が一折。