時明かりに結夢
一、かぜ
椎の葉が海を創る。
ゆらゆらと木洩れ日が細めき、葉の触れる音は潮騒に。否、それより穏やかかもしれぬ。鼻を突く潮風も海人の立てる波音も無い、しずかな海である。男はひとり、大木の枝という舟の上。横たわる姿は萌黄色の水干に草鞋、不精した後ろ髪を麻紐で束ねる、童子と呼ぶには些か育ち調う精悍さ。閻浮の下界は程遠く、体躯ひとつ、気儘に波のなかに滲む。
その紺碧の水底へと。
とくとく。
抱かれた記憶など疾うに遠き母の懐。
鼓動。
緩やかな、ゆるやかな。
微睡。
――刹那、凪のうえに霹靂が墜ちる。
「都来」
ほわりと甘い霹靂。まるで春海の夕立。少年がそれを呑み込んで固く固く目を閉じれば、一拍の後に春嵐へと成長した。
ずしりと舟を揺らす、衝撃。追ってもう一撃。
「都来!!」
「うわぁっ!!」
耐えかねて落ちる海の中。いや、大地の上。
少年は寸手のところで枝の端へと捉まり、なんとか身体を地面へと叩きつけることから逃れ得る。首を巡らせば、根の本からこちらを見上げる女が映った。目が合ったと思ったが遅く、女がもう一度幹を揺らしにかかる。
「分かった、分かったって!」
未練なくその腕を放し、ひらりと草の上に着地する。まるで猫のようだ、目の前の娘は時折そのような譬えをするが、当の本人は勿論良い顔をしない。
崩れていた体勢を整え、顔を上げる。計らずも傅(かしず)く形になっていた娘は紅い袴に純白の袂。水引で結えた髪は長く烏の濡れ羽色。しかしその腕には、何やら物騒なものが携えられている。
「それ、野犬用の刺叉だろう!」
都来にあるのは憤りよりも強い呆れ。まるで神に仕える身とは思えぬ彼女の思い切りの良さに弱々しく応える。一方の娘は溜め息。
「似たようなものよ。煩いものを追い立てるものだもの。だいたい同じ種族でしょうに」
その瞳がくるくると輝く。陽光は背後から彼女を照らし、まるで後光のように後ろ盾を固める。束ねた黒髪が艶やかに揺れる。無造作な都来の後ろ髪とは比べ物にならない。
犬じゃない、と抵抗するも聞く耳すら持って貰えない。代わりに突きつけられる紙の束。