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時明かりに結夢

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「貴方は逃げていいのよ」

 緋袴に榊の枝を携え、女は振り向きもせずに言付けた。
 いつしか空は翳り、生温い微風が羽織った千早を煽る。森を覆う常緑の葉。ざわりざわりと落ち着かぬのは、森の心か、巫女の心か。

 少年はその背中に、浮かべているであろう微笑を見ていた。瞬きのような年月を過ごしただけの絆は、お互いの知り得ぬ深くまでを繋いでいた。
 ふと、榊を握る手を見る。華奢な指は白く色が変わるほど力が込められて、僅かに震えている。視線に気づいたのか、女はふと息を吐いた。

「私が死ねば約束は終わり。だから、今離れても一緒でしょう」

 振り返る面は、やはりやわらかな笑み。それでいて、何かを待つような。何かを、決意するような。
 少年は目を細める。何を応えるでもなく、責めるでもなく、その瞳を見る。
 森を巻き上げるような疾風が一陣、彼等の間を駆け抜けていった。


 そして少年は、答えた。


作品名:時明かりに結夢 作家名:篠宮あさと