時明かりに結夢
――わたしには、その音の意味は分からぬ。他所にあるものなど、何一つ知らぬのだから。
突然に言葉が、概念を越え脳の奥に届いた。何物も介さず、空気さえ必要としない――何物の介入すら許さない聲が、意識として叩き込まれる。
自然の道理を無視し、自らの意思のみで理を巡らすことが出来る存在。そのような力を持つものが居るとするのなら、相手が誰かなど考える必要もなかった。
大地に立つ二人は、瞳のみで意思を伝達した。都来が頷けば、巫女は静かに顎を上げ、瞼を閉ざした。
「私の聲が、聞こえておりますか」
――是。心地良い鳴聲だな。どのような獣か。わたしの中にある獣ではあるまい。
これには、くく、と悪戯に含み笑いが聞こえた。言葉が通じない相手ではない。そう判断する。
「目覚めておられるのですか」
――わたしは寝てなどおらぬよ。皆が去ってしまっただけだ。力の源を蓄え、目覚めたわたしはいつしか一人だった。わたしの内の獣も、わたしの手も足も、いつしか居なくなってしまった。否、わたしははじめから獣ではなかったのかも知れぬ。
黙したまま、その言葉を拝聴する。巫女の傍に控えていた青年が、僅かに頭を低くした。けれどそれは謁見の礼儀ではなく、獣が敵に備えて身構えるそれだった。
巫女は今も心の眼を開いたまま。幾分かの間が開けられる。
――獣の匂いがする。お前達は、新しい使いか。
「わたくし共は、隣の山のものです」
――隣の山? それは丁度良い。
その言葉は勿論、都来にも届いていた。彼は尚も眼光を鋭くする。いつでも飛び掛かれるよう、左の爪先を深く地に着けた。
――わたしは一人なのだ。お前達が番であるなら、その子をわたしの遣えにせぬか。でなければ、お前が遣いとなるか。
存在しない眸の光を強く覚えた。四方から突き刺さるように注がれる眼差し。今は一心に、膝を付く巫女へ。
興味は射干より、千早姿の巫女に向けられている。それが余計に都来の全身に不快を齎した。じりじりと毛先まで神経を撫で、それでも食い掛からずに済んだのは、つぶさに巫女の聲が聞こえたからだった。