時明かりに結夢
「残念ながら、それは出来ぬのです。山神様」
真那賀は目を開け、静かに平伏した。
「わたくしは既に、わたくしの神に仕えております。今日此処に見えることが出来たのも、わたくしの神の赦しを得たからに過ぎません。隣に控え射る干も、ゆくゆくは御使いとなるもの。しかし、貴方に仕えることが出来るなら、獣でなくとも構いませぬか」
――お前、人間か?
聲の響きが変わった。更に深い関心と、猜疑と、忌避。傅く二人は呼吸すら憚られた。
ぞわ、と表皮を何かが逆撫でしていく。無音のままに風が吹いた。地に額が付く直前まで首を下げた。
耳元で不意に、撞鐘に似た明朗な聲がした。
「わたしはそれを知らぬ。人間とは――如何様に美味いのだろうな」
騒、と風音が戻り、真那賀はついに目を開いた。がばりと上げた頭は目眩に揺れ、付き直した両腕を都来が支えた。山の様子は枝一つ靡いていない如く穏やかで、二人を包んだものが自然の風でないことを表していた。
「真那賀」
「誰か分かったわ」
取った指先が震えているのが分かった。それから、聲も。憔悴した体躯の中で唯一、漆黒の瞳だけが真っ直ぐに前を見据えていた。
「元は別の森に居た獣よ。それが次第にこの山の気を浴びて、山に吹き溜まる力を纏い始めた。もう既に意思を持っている。完全に自我を造る前に道を示してあげないと危ないわね」
真那賀は、最後までを伝えなかった。けれど言わんとする所は、都来にも分かる。
あの山神はこの森を食い、山を食い、今も力を蓄えている。この山が全て山神となれば、糧にするものがなくなるだろう。しかし、食うことは辞めない。止めることが出来ない。食うことが『山神』の存在し得るの意義なのだから。
餌が無くなれば、獣は狩りをする。
続