時明かりに結夢
気を失っている訳ではないと知り、都来は僅かばかりの平静を取り戻した。
疲労の色を隠せぬ真那賀。それは外傷よりも精神の方に色濃く滲んでいる。とっぷりと広まった闇の瘴気より隠れるようにして、林の木の陰に肢体を預ける。
――もう已めるべきだ。
何度となく告げようとした言葉は、今も尚彼の喉の奥に張り付いて出てくる気配がない。同時に巫女も又、それだけの心身を駆使しながら、一言たりとも弱音を吐くことがなかった。寧ろ、己の従える獣にばかり労いの言葉をかけ続けている。
「ありがとう」
漸く受け取った竹筒から清水を飲む。暫く唇と口内を湿らせて幾らか会話がし易くなる。
「やっぱり、形式に則らないと手間がかかるわねぇ」
それを体力の浪費とは間違っても口にせず、口元には微苦笑を浮かべる。これには流石に溜息を返した。
「まさか、一昼夜祝詞を奉げるつもりではないんだろう?」
どうかそうであってほしくない、ささやかな希望を織り交ぜながら眉根を寄せる。彼の言わんが事を先回りして察知してか、真那賀は喉の奥に溜まった重苦しい息を吐ききる。
「一昼夜程度で終わるとは思っていないわ」
軽口を添えてから、腕を上げる。
「とりあえず、声が出ないことには祝詞を上げられないから。休みながら続けることにはなると思う。けれど――」
巫女の表情が困惑に揺れる。其れを彼に伝えていいのか、伝えることで何か打開出来るのか、思いあぐねているようにも見えた。
「けれど、何だ」
青年に促されて、巫女は溜息の代わりに言葉を吐いた。
「形式の他ということを差し引いても、結べているという手応えがないのよね。御簾の向こうに気配はあるし、私の聲に反応はあるのだけれど、何と言うか――そう、聞き流されているような」
その独白を、都来は落ち着かない風情で聞いていた。先刻から、何やら背の筋がぴりぴりとこそばゆい。古の森の奥にはあるべきでない感覚を憶えた。耳の後ろの辺りから、喉の奥までが痛い。その感覚自体は知っていた。例えるなら、巫女の張る結界の内側に入った後の居心地の悪さ。四方八方と何かによって囲われ、何かによって使役されるような。
そう、まるで、監視されているような。
『効かぬよ』
そう思うが早いか、それとも全身の毛が逆立つのが早いか。一瞬前まで膝を折っていたはずの真那賀が、既に両足でもって大地を踏んでいる。目よりも耳に神経を集め、その言葉の来る場所を探した。
空気を要せぬ、頭の中へ直に続く聲。素早く突き立てられた榊の枝。都来が聲を上げようとするのを、真那賀は視線によって留めさせる。