時明かりに結夢
三、あらし
「それは、つまり――」
言葉を伺っていると、巫女は既に涼しげな表情を被っていた。砂や枯れ草を払い落とせば、祓詞の前と何も変わらない。変質したのは目の前の事実のみ。
「困ったわねぇ」
上辺ばかりの困惑を溢して真白な千早の袖を振る。都来のほうが余程憂いを抱いている様に見える。
水干姿の獣は思い出す、霊鎮めと神結いの違いを。前者は土地や力のうねりを抑えるもの、後者は字の如く神でないものを神として据えるもの。真那賀が述べた通り、それらは全く似て否なるものである。予め坐す神を鎮めるならまだしも、神結いは当に無から有を創る行為にも相応しい。だから本来ならば、目前の巫女がこうも悠長に構えていられる意味が見えぬのである。
「……どうするつもりだ」
「どうするも何も、放っては置けないでしょう」
「しかし、先日は三日を要すると言っていたろう」
「それは予め仕方を整えていた場合ね。今は何も備えてないから、どうかしら」
「ならばひとたび神社に」
巫女の正面に廻り込んで、都来は言葉を詰まらせた。
「真那賀、」
とっさにその肩を掴む。目を合わせることは出来なかった。合わせてくれなかった。
背後からばかり彼女を見守っていた所為だと理解する。その、頬から手の甲、果ては緋袴や千早を裂く無数の細かな傷、疵。白い皮膚を切り、掠め、血さえ滲まぬものの浮かぶ痛々しさが広がっている。葉や枝の所為ではなかった。それらは総て都来が庇ったはずだから。或いは、見えぬ衣の下には実際に滲んでいるのかもしれない。
掌に伸ばした腕を、刹那、やわりと振り払われる。覗き込む瞳は矢張り捕まえることが出来ない。
「――そうね。榊も使い物にならなくなってしまったし、一度戻りましょうか」
袂に隠された白い腕。黒髪に隠した頬。それは幼い頃から見守ってきた今も変わらない。
こうしていつも独り立ち向かうのかと、腕さえ取れぬ己の無力さに歯噛みする。