綿津見國奇譚
終章
それから数年後。
ツムカリ王のもと、ワダツミ国は順調に復興し、人々は平和を享受していた。そしてホデリ族も、それまでとりやめていた祭りを数年ぶりに再開した。
この祭りは、各部族の民がこぞってやってくる国中で一番盛大な祭りで、常春のホデリ邑が一番華やぐ日だ。祭りの初日、かつての勇者たちは久しぶりに邑を訪れた。
「いよう、グレン。美人の奥さんだね」
トヨ族の族長となったグレンは、先頃結婚した妻を伴っている。
「ニシキギ! 元気そうだな」
ニシキギは自分のかぶり物に白い羽を飾っていた。
「あれ、ニシキギ。その羽はもしかして」
「うん。カササギにも見せてやろうと思ってさ」
「シタダミと一緒じゃなかったのか?」
「あいつは一足先に来て、サクヤと一緒さ」
「なあるほど」
この日、クサナギとユズリハの結婚式が行なわれる。一族の英雄ともいえるクサナギの結婚に、邑はいつもの祭りよりもにぎわった。
邑中花で埋め尽くされ、太古の七聖人の肖像画や戦で活躍した賢者の肖像画も飾られた。その中には新しく、カササギに乗ったシノノメの姿もあった。イスルギなど隠棲した賢者たちも森から出てきてパレードに参加し、心から二人の幸福を祈り、祝福の言葉を送った。
「グレン、ニシキギ!」
シタダミと一緒に、サクヤがにこやかに近づいてきた。
「ねえ、二人ともすごくすてきよ。今見てきたの。ね、シタダミ」
「うん。でも重そうだな。あの衣装」
「なに言ってるの。あれが正装なのよ。あの豪華な刺繍と貝ビーズの細工のみごとなことったら……。長い裾がこうやって……」
おとなしいサクヤがめずらしく饒舌だ。
「これじゃあシタダミ、尻に敷かれるぞ」
グレンとニシキギが冷やかし半分に耳打ちすると、シタダミは口をとがらせた。
「やあ、みんな」
そこへホムラがやってきた。ホムラはツムカリ王のもとで鍛冶だけでなく金属の加工や細工など、技術者の指導にあたっている。
「二人の冠や首飾りはおいらが作ったんだよ。見てね」
「ああ、おまえの腕前は国中に響き渡ってるからな。ほら、これも結婚祝いにおまえからもらった……」
と、グレンは妻と一緒に腕につけている金の透かし彫りのブレスレットを見せた。
「わあ、ありがと。つけてくれてるんだね」
「とても気に入ってます」
グレンの妻が答えた。
「ねえ、グレンも奥様も、ニシキギも二人を見てらっしゃいよ。ほら、こっち」
サクヤに促されて新郎新婦の控え室へ行くと、いくぶん緊張気味に二人は座っており、そばにはヒムカもいた。十五才ながら宰相に抜擢されて辣腕をふるっており、この結婚式もヒムカがいっさいをとり仕切っていた。
サクヤが興奮して語った通り、二人の結婚衣装は極上のみごとな絹織物だった。
クサナギの衣装は黒地に銀の鷲と金の獅子の刺繍がほどこされ、ユズリハの衣装は、紺地に七色のクジャクと深紅のボタンの花が刺繍されていた。そしてそれぞれの襟や袖は金銀の糸で縁取られていた。
さらに肩からたらした細い布や帯の飾り、腰の飾りには翡翠、瑪瑙、瑠璃、紅玉、青玉など、精霊石を思わせる宝石が縫いつけてあり、特に見事なのは貝を真珠のように丸く細工したビーズをつづり合わせたベストだった。
「おめでとう、クサナギさん、ユズリハさん」
「ありがとう。みんな」
クサナギが礼を言うと、ユズリハが言った。
「ヒムカのおかげなのよ」
「そうなんだ。クサナギったらてんで奥手なんだから、このままだとユズリハさん、オールドミスになっちゃうからね」
幼い頃と変わらないいたずらっぽい瞳でヒムカは笑った。
「しばらくあわないうちにヒムカ、いや宰相殿だ。立派になったな」
「まだまだだよ、グレン。きみのほうが族長として貫禄が出てる。ところでお父上にはもう?」
「うん、ついてすぐ謁見してきた」
「いつも心配してらっしゃるからね。でも、トヨ族はいろんな面で評判がいいから喜んでおられる」
「そうかい? いろいろ説教されたけど」
「それだけ期待が大きいんだ」
「そうね。トヨ族の農作物や海産物は国中で評判がいいもの。邑の人たちが気持ちよく働けるのはグレンと奥様の努力のたまものよ」
と、サクヤに褒められグレンはしきりに照れていた。
「そういやマツリカは?」
ニシキギが尋ねると、ホムラが答えた。
「あ、マツリカはね、今日の司祭なんだ。神官て儀式の前には誰にも会っちゃいけない決まりがあるでしょ。だから今は会えないんだ」
「へえ、司祭さまかあ」
ニシキギは感嘆の声をあげた。
「うん、クサナギはぼくの育ての親だからね。忙しいのを無理言ってお願いしたんだ」
と、ヒムカが言った。
「そういやマツリカは、去年、大神官の二位になったんだよね。すごい出世だ……」
ニシキギはいっそう感心したような声をあげた。
ヒムカがことばを続けた。
「そうそう、おめでたついでに教えるよ。来月から正式な議会が再開されることになったんだ。それで王と名簿を作ったんだけど、君たちは代表者に選ばれたよ」
「じゃあ、これからは定期的にあえるんだね」
シタダミとサクヤが顔を見合わせてうなずき合うと、ヒムカは釘を刺した。
「何を言ってるんだい。二人とも、健全なる政治の場なんだからね」
サクヤは肩をすくめ、シタダミは頭をかいた。
「宮廷に来れば、マツリカにもあえるよ。おいらは代表から外してもらったけど、一応はヒムカと同じ宮廷住まいだから顔見せてよね」
ホムラは弟子を幾人もかかえているので政治まで関われないのだ。
しかしニシキギは、
「選んでもらって光栄だけど、おれは辞退するよ」
と言いだした。シタダミはあわててそれを制止した。
「何を言うんだ。君はハヤト族のためにいろいろ働いてくれたじゃないか」
けれどニシキギは首を横に振った。
「もう、シタダミ一人でハヤト族は十分だよ。カササギといっしょに遊んだ山で、狩りをしたり、薬草をとって暮らすのが、おれには一番あってるんだ」
親友を思うニシキギの気持ちに、それ以上誰も何も言えなかった。
しばらく談笑した後、皆は控え室から出て式場となる広場へ行き、儀式の始まるのを待っていた。そこへシラヌイがやってきた。
「ようこそ。もと勇者の諸君」
「よう、へぼ賢者」
グレンが答えた。
「相変わらずだな。口の減らないへぼ勇者」
シラヌイもやり返した。
「まあ、元気でなによりだ。奥さんもお美しい」
「そういや君はマツリカにふられたんだって?」
「ちがう。彼女の美しさや神々しさをぼくが独り占めしては罪だからさ」
負け惜しみともとれるシラヌイのことばに、一同は笑いをこらえるのに必死だった。
シラヌイとマツリカが相思相愛だったかどうかは、当人同士しかわからないことだが、戦いの後、邑にもどった二人が、一緒にいる姿はしばしば見られた。
しかし、今は二人とも自分の立場を固めることが当面の目標だった。
シラヌイは尊敬するクサナギのように、さらに精進して高い位をめざし、マツリカも神官という仕事に誠心誠意つくしている。
そしてグレンも、実は密かにマツリカに恋していた時期があったのだが、妻の手前、あくまでもそれはないしょにしていた。