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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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綿津見國奇譚

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   六、ワダツミ国再興
 
 かたや、フサヤガの大軍と旧クシナダ邑で対峙していたワダツミ軍だったが、突撃直前、戦いは中止になった。
 ホオリ邑で勇者が勝利したため、シロヒトリに操られていたフサヤガ人は、術が解けて自分たちが何をしようとしていたのかさえ、わからないありさまになっていた。
「フサヤガの動きが変です。まったく戦意を喪失しています」
 斥候の報告にムラクモとツムカリは顔を見合わせた。
「ホオリ族が滅んだのか」
「きっとそうです。ムラクモ殿」
 オオミクリは、急いでホウジャク王に会いに行き、ワダツミ国と和平を結ぶよう勧めたのだった。
「わたしはいったい今まで何をしていたのだ。すまなかった、オオミクリ」
 ホウジャクは深い悔恨の念にかられ、ただちにツムカリのもとに和平の申し入れをすると、兵を撤退させた。

 ヒムカの目が覚めると、勇者たちは改めて勝利の喜びにわき、犠牲となったカササギやシノノメを偲んだ。それから聖霊石の残った力でなんとか傷を治し、体力も回復したところでホデリ邑に帰ろうとした矢先、グレンとホムラが体の不調を訴えた。
「痛い!」
 いつか聖霊石が現れた時のようにグレンの目は痛んだ。しかし、じきに痛みが治まると、瑪瑙がぽろりと落ちて、右目には眼球が生じていた。
「目が、両方の目が見える。へえ、こんな風に見えるんだ」
 また、ホムラの方は異常な寒気に襲われていた。マツリカが介抱していると、
「き、気持ち悪い」
 ホムラは嗚咽し、ついで口から何かをはきだした。それは金剛石だった。そのあとホムラの体はだんだん小さくなり、普通の十三歳の少年の体つきになった。
「へえ、年相応になったな」
 グレンが言うと、
「グレンもいい男だよ」
と、ホムラは笑った。
 大きな変化はこの二人だけだったが、ヒムカ、サクヤ、シタダミ、ニシキギもごく普通の少年少女に戻っていた。
 そして、七つの聖霊石はその役目を終えたため、一同の見守る中、きらきらと空中にとけて消えていった。
「天に戻っていくのね。ありがとう」
 消えてゆく聖霊石を見送りながら、サクヤが手を振った。
「でも困ったよ。帰るのがたいへんだ。空を飛べなくなっちゃったもん」
 ヒムカが言い出すと、ほかの者たちもどうしようかと騒ぎ出した。するとマツリカがおとなびた風に言った。
「クサナギさまとシラヌイさまが手伝ってくれれば、瞬間移動ができます。でも、まだちょっと疲れていますから休み休みですけど……」
「歩くよりはいいや」
 そう言ったのはホムラだった。

 勇者たちは、各部族の人々に歓喜の声でむかえられた。
 クシナダ邑に駐屯して勇者たちの帰りを待っていたワダツミ軍のもとに、勇者たちは凱旋した。クサナギはまっさきにクブツチの太刀を族長である父、ムラクモに手渡した。
「よくやった。クサナギ。今度の手柄でおまえを老君に昇格させようという話があるぞ」
「ありがとうございます。でもまだわたしは未熟ですし……」
「まあ、そういうな。これは長老たちの総意だ」
「すごいですね。おめでとうございます。クサナギさま」
 シラヌイが自分のことのように喜んだ。すると、ムラクモはシラヌイに向かって言った。
「シラヌイ、君もだぞ。特例で賢子の位をな」
「え、本当ですか? ばんざーい!」
 一方、ツムカリは勇者たち一人一人をねぎらったあと、ヒムカに言った。
「ヒムカ殿。この国をあなたの手で再建してください」
 ツムカリはヒムカに王になるよう勧めたが、ヒムカは辞退した。
「ぼくはまだ子供です。まず、荒れたままのクシナダ邑を再建します。王にはツムカリさまこそふさわしいと思います」
「よく言ったね。ヒムカ」
 ムラクモとクサナギはやさしくほほえんだ。
 グレンは、トヨ邑の指導者として趣くことになり、ホムラはツムカリのもとで技術者としての腕をふるうことになった。
「シタダミ、どうしても帰るの?」
 サクヤが涙ぐんだ。
「ああ、ぼくはニシキギと力を合わせてハヤト族を立て直す。それで、大人になったら……」
と言いかけて、ヒムカがにらんでいたのでシタダミは黙った。
「え? なに? 大人になったらって」
 サクヤにせがまれてシタダミはそっと耳打ちした。
「大人になったらむかえに来る」
 サクヤはぽっと顔を赤らめた。そのようすを見逃すヒムカではなかった。
「サクヤ。ぼくは許さないからな」
 けれどヒムカの目が笑っているのも事実だった。シタダミがおどけていった。
「よろしく。お兄さん」
「ちぇ、年上の弟なんて気持ち悪いや」
 その場にいた者たちはどっと笑った。
 こうして、勇者たちは普通の人間としてそれぞれ新しい道へと進んでいった。
 シロヒトリが滅び、オボチの太刀の力も失ったホオリ族はもはや完全に力を失い、生き残ったものは、邑へ帰って静かに生活をはじめ、またどの部族もそれぞれの邑へ帰っていった。そうして国中のあちこちで再建のために忙しく働く人々の姿があった。

 半年後、クシナダ邑に仮の宮殿が建てられ、国民の総意で、ツムカリが王として正式に即位した。
 その即位の記念の晩餐に、勇者たちは招かれた。そして互いの近況を話し合い、戦乱のあとの復興に、苦労しながらも楽しく暮らしていることを報告しあった。
 ヒムカは、クシナダ族の復興につくしながら王のもとで教育を受け、サクヤは国中をまわって戦災孤児の世話に明け暮れている。ホムラは、都の再建のため建築関係に力をつくしており、シタダミとニシキギは、ハヤト族や近隣の部族の立て直しに奔走していた。そんな中、トヨ族の族長の娘と婚約したグレンは仲間に冷やかされた。
 また国交を回復したフサヤガの王ホウジャクと宰相オオミクリの姿もあった。
 しかし、その席にクサナギの姿はなかった。
 
「招待されたのに行かなかったの?」
 海岸で一人月を見ていたクサナギにユズリハが声をかけた。
「ああいう場所は苦手なんだ」
「そういえばマツリカも……。そうそうマツリカは神官になるって」
「そうか。賢者の才もあるけど、案外マツリカは神官にむいてるかもしれないね」
「わたしも……。宮廷に呼ばれてるの。王室付きの薬師にもどらないかって」
「へえ、よかったじゃないか。また、もとのように働けるんだね」
 クサナギは素直に喜んだ。しかし、ユズリハは、そんなクサナギに不満だった。
「どうしてわたしには賢者の才がなかったのかしら……」
 クサナギはきょとんとしてユズリハを見た。
「どんかん」
 ユズリハはそうつぶやくと足早に去っていった。

作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ