綿津見國奇譚
ところが次の攻撃に移る寸前、蛇が襲いかかり、シタダミの体にまきついた。
「ぐ、く、く……苦しい」
「どうだ。骨を砕くぞ」
「させるか!」
ヒムカは急いで飛び上がると蛇に斬りつけた。すんでのところでシタダミは一命をとりとめたが、しばらくの間気を失っていた。
「怪物め。焼き殺してやる」
火の気を持つグレンはオレンジ色の光に包まれると、槍を回転させて炎の風を起こした。
「ふん、こんな炎でわたしを焼くことなどできん!」
左肩の鳥が大きく口をあけ、その炎を飲み込んだかと思うと、さらに大きな炎となってグレンに襲いかかった。
「わあ!」
グレンは腕に大やけどを負った。
「ちっきしょう! これならどうだ」
ニシキギは、琥珀色の光を放つ土の気でシロヒトリをすっぽりと覆い、窒息させようとした。シロヒトリは土のかたまりのようになった。
「やった!」
ところが額の目から出た気がそれを溶かし、シロヒトリは再び姿を現わした。
「あ、なんてこった」
その上、ニシキギはハサミ状の尻尾に挟まれ、足に大けがをしてしまった。
ホムラの白くまばゆい金の気は、頭の房から出される鱗粉のような粉によって威力をなくし、その粉にホムラは苦しめられた。
「うわあああ!」
「どうした、どうした。たいしたことないな勇者も」
こうしてシロヒトリの術の力に勇者たちはことごとくなぎ倒され、傷ついて戦列を離れていった。
「はっはっはっはっは……」
シロヒトリの高笑いがこだまする。もはや頼みの綱はヒムカだけだった。
「ふん。とうとうおまえ一人だ。小僧、降参しろ」
「黙れ! おまえなんかに負けるもんか」
ヒムカは勇気を奮い立たせたが、どうやってこの強敵と戦えばいいのか皆目わからず、内心あせった。ヒムカの発する陽の気は、本来強い力で相手を倒すパワーがあるが、シロヒトリは逆にそれを全身で吸収してしまい、そのたびに鋼のような体になって剣の刃もたたず、ヒムカの剣はすでにぼろぼろに刃こぼれしていた。
「ヒムカ、これを使え!」
クサナギがクブツチの太刀を投げた。そしてほかの勇者に聖霊石の気をヒムカに向けるよう指示した。
疲労困憊したマツリカも、悲しみにしずむシタダミやサクヤも、傷を負ったグレン、ホムラ、ニシキギも一心にヒムカに向けて聖霊石に念じた気を送った。クサナギとシラヌイも精一杯の力をその気に加えた。
そしてヒムカは、自分の聖霊石を自分の剣からはずすと懐へ入れた。すると体の奥から力がわき上がってくるのを感じ、クブツチの太刀を賢者並みにあつかえるようになった。
クブツチの太刀は鋭い光を放ち、ヒムカとともに天からの黄金色の聖霊に包まれている。
「ようし、行くぞ!」
「こしゃくな!」
シロヒトリの肩から首を伸ばした鳥が襲いかかり、さらに両足の蛇までもが、一緒に襲い来る。そしてハサミの尾も。
しかしヒムカは少しもひるまず、俊敏に動いて鳥の頭も蛇もつぎつぎにうち砕いた。
「ぎゃあああああ」
「再生させるもんか!」
ヒムカは攻撃の手をゆるめず、シロヒトリに反撃のチャンスも与えなかった。
「おのれ。こぞう」
シロヒトリは最後の力を振り絞った念力で立ち向かってきたが、その邪気の力がとうていクブツチの太刀にかなうはずがなかった。
「それ、とどめだ!」
ヒムカはクブツチの太刀の切っ先をシロヒトリにまっすぐ向けた。
太刀から七つの気が発せられ、閃光がシロヒトリの体を包み込むと、悲鳴を発する間もなくシロヒトリの体は一瞬にしてかき消えていった。その衝撃でヒムカは後方に飛ばされしりもちをついた。その時、
「やった。やった!」
仲間たちは叫び、けがの痛みも疲れも忘れ、喜んでヒムカのそばに駆け寄った。ヒムカは仲間に向かってにっこり笑うと、太刀を手から離し、気を失った。
「ヒムカ!」
「しっかりしろ」
「寝てる……」