綿津見國奇譚
五、シロヒトリ
「マツリカが呼んでる」
グレンは叫んだ。
「ああ。苦戦してるようだな」
むろん、シラヌイも賢者の才のある若者なので、マツリカの気を受け止めることができた。まもなくホオリの上空だ。二人は急いだ。
「あれが、アカマダラの城か」
天守の屋根が壊れているので、二人はすぐに仲間の場所を見つけることができた。ホムラが手を振った。
「グレン、はやく来て。クサナギさんがやられた」
「なに? クサナギさんが?」
グレンとシラヌイは急いでクサナギのそばに降り立った。
「グレン。わたしは大丈夫だ。はやくみんなとアカマダラを」
「は、はい!」
「よし、これで日と月、木、火、土、金、水の地上のすべての気が揃った!」
ヒムカの号令で、勇者たちは自分の聖霊石に念を込めた。そして一斉に気を放つと、まばゆいばかりの七色の閃光が走り、その光に包まれたアカマダラの体は、たちまちみじんに砕けたのだった。
「うわああああ!」
「やった、やった」
勇者たちは躍り上がって喜び、クサナギのもとに駆け寄った。
だが、アカマダラの手から床に落ちたオボチの太刀はまだ生きていた。力は半減したがその邪悪な気はまだ生きていたのだ。オボチの太刀は、勇者たちの背後からゆっくりと襲いかかった。
「ピイーイ」
一声鳴いて危険を知らせ、太刀に向かっていったのはカササギだった。勇者たちが振り向いたときにはすでにカササギは絶命し、白い羽があたりに飛び散っていた。
「ふ、たかが鳥だと思ったら、いくらか賢者の気の味がするな。少し力がもどったぞ」
異様な気を放ちながらオボチの太刀は中空に浮かんでいる。
「カササギ! ありがとう、最後までおれを守ってくれて」
ニシキギは血にまみれたカササギを強く抱きしめた。そして身を翻すと、溢れる涙をぬぐいもせず、オボチの太刀に向かっていった。
「ちきしょう。カササギの仇!」
ガキーン! ガツ、ガキッ!
刃物のぶつかる音、火花が飛び散る。けれど、ニシキギの力は及ばず、先ほどの刃こぼれに、わずかにひびを加えた程度にしかならなかった。
「ふふふ……。どうやらこれで決まりのようだ」
不敵な笑い声とともにシロヒトリが現れた。オボチの太刀は、シロヒトリの手に飛んでいった。
「おまえはだれだ」
「シロヒトリ。アカマダラもベニヒカゲもおれの持ち駒さ」
「おまえが影のボスか?」
ヒムカが聞くと、シロヒトリはニヤリと笑った。
「おまえ。たしか、フサヤガにいた。そうか、フサヤガ王も操っていたんだ」
シタダミが声を荒げた。サクヤも声を震わせていった。
「ワダツミ国を戦争に陥れたのはすべてあなたの……」
「そのとおり。なにもかもおれのものにするためさ」
黒幕はシロヒトリだったのだ。この妖術師はアカマダラに忠実なふりをしながら、実はオボチの太刀と謀ってすべてを自分のものにしようとしていた。
「フサヤガもすでにおれのもの。あとはおまえたちさえ殺ってしまえば……。ホデリ族はこのオボチの太刀があればひとひねりだ。はっはっはっはっは」
シロヒトリの高笑いがあたりにこだました。そしてシロヒトリがオボチの太刀を高く掲げると、その姿は見る見る変化していき、ついには真っ白な怪物になった。
髪の毛は大きな翼となり、宙に浮かんだその姿は蜘蛛の目を持ち、額にはもう一つ青い目が不気味に光っていた。その三つめの目の両側から蛾の触覚に似た房が長くとびだし、口はとがった口吻のようになっている。
また両肩から出た鋭い歯のあるくちばしを持った鳥の頭は、その首を自在に伸び縮みさせており、オボチの太刀を持つ手はかぎ爪に変わっていた。そして二本の足は蛇となって長い服の裾から頭をのぞかせており、さらにハサミ状の尾もあった。
シロヒトリがオボチの太刀を一振りすると突風が起こり、室内の調度品ばかりか、ホムラの壊した壁のがれきまでふきとばした。
「なんていう力だ」
七人の勇者たちは互いに体をささえあい、床を踏みしめてたっているのが精一杯だった。だが、この風にもひるまずたちむかったのはシラヌイだった。シラヌイは突風を避けて飛びあがり、目にもとまらぬ早さでシロヒトリの左肩の鳥の頭を切り落とした。
「ぐああ」
思わずシロヒトリは、オボチの太刀を取り落とし、その場にうずくまった。
(今だわ!)
その時、シノノメはある決意をもって立ち上がると、オボチの太刀をつかんだ。
「シノノメさま。いけません、太刀を離してください!」
クサナギが叫んだ。
「これしか方法はありません。あなたの体力はだいぶ回復したはず。マツリカ、さあ、あなたの気を放ってください」
シノノメはオボチの太刀に意識を支配されそうなのを必死でおさえて言った。
「でも、それではシノノメさまが」
マツリカが躊躇していると、シノノメの顔色はしだいに青ざめ、髪は逆立った。
「母さん!」
「だめだ、危ない」
シタダミはやめさせようと飛び出したが、グレンやホムラに止められた。その間にも邪気に覆われたシノノメは、恐ろしい形相に変わっていく。そのありさまにサクヤは泣き叫んだ。
「いやあ、シノノメ!」
シノノメは薄れる自分の意識の中で最後の力を振り絞り、自らの胸に太刀を突き立てた。
「は、はやく、マツリカ! クサナギ」
今ならオボチの太刀は次の攻撃ができない。その間に力を封じることができるのだ。
「シラヌイ、わたしを手伝ってくれ」
「はい」
マツリカが気を放ち、その緑色の光にオボチの太刀が包まれた時、クサナギとシラヌイは太刀のつかをぐっと握りしめた。
より強い気を込めなければ、逆に自分たちがオボチの太刀にとりこまれてしまう。クサナギもシラヌイも、渾身の力をこめて邪気を封じていった。
シノノメの体は、次第にオボチの太刀に吸収されて消えていく。だが、逆にオボチの太刀の邪気の力は弱まっていった。
「きゃああ!」
サクヤの悲痛な悲鳴が響いた。しかし、その声はオボチの太刀のすさまじい叫び声にかき消された。
「ぐぎゃああああああ」
シノノメの捨て身の作戦で、クサナギはオボチの太刀をもとのクブツチの太刀に戻すことができた。だが、これ以後クサナギもシラヌイもマツリカも力を消耗してしまい、戦いを続けることが不可能になってしまった。
「おのれ! よくもやったな」
シロヒトリが立ち上がった。見るとシラヌイに切り取られた鳥の頭は再生し、獲物を狙って口を開けている。ヒムカが檄を飛ばす。
「シタダミ、サクヤ。悲しんでいる暇はない! シノノメの仇だ!」
六人の勇者は心を一つにして、最後の敵、シロヒトリにいどみかかった。普通の武器ではかなわない。六人は気を最大に発してそれを武器に変えた。
相手の気を取り込む力のある、陰の気を持つサクヤは青い光を放ち、シロヒトリの気を消滅させようとした。しかし右肩の鳥によって術を破られ、かぎ爪でとばされて城壁にたたきつけられた。
「きゃあ!」
「サクヤ! くそう、よくも!」
シタダミの操る水の気は紫色の光で翼を包み、動きを封じた。
「ふん。こんなことでわたしを捕らえたと思うな」
「ほざけ! とどめを刺してやる!」