綿津見國奇譚
「あ、もしかしてお父さんも? ぼくと同じだね」
生来陽気な質のクサナギは、その明るさが長老たちの間でも愛されている。ムラクモは苦笑しながらも、息子の決意を内心頼もしく思った。
「クサナギ、話を戻すぞ。ホオリ族の恐ろしいところは、人の心の隙を狙ってくることなのだ。奴らは自分たちの欲望で、人間の欲望を増幅させるのだ。そして、あらゆる暴虐を行なう。いや、それだけではない。死人を生き返らすことすらするのだ」
「ええっ」
「さっきわたしが言ったろう? それは自然に逆らうことだと。おまえは皇子たちを哀れんでああ言った。その気持ちは、わたしにもわかるし、実際わたしの術なら可能だ。……だが奴らはちがう。世を惑わすためにやるのだ。人を惑わし、病にし、やがては死に至らしめる。奴らは自分では動かない。呪術で人や動物をあやつる。いや生き物でないものまであやつる。さっきのもそのたぐいだ」
クサナギはドキリとした。死者を蘇らす……とすれば、スセリ媛の遺体もホオリ族の道具にされてしまう。
「お父さん、どうしよう。スセリ媛が……」
「心配するな。今すぐどうこうするわけはない。とにかく、われわれの邑に帰ることが先決だ。たぶんクシナダ族の生き残りもそこへ向かっているはずだ。嵐がおさまったら出発しよう」
「はい! ひとっ飛びですね」
「いや、生まれたての赤ん坊がいる。歩いて行くぞ」
クサナギはヒムカがぬれないよう、細心の注意を払って父の後についていった。