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せき あゆみ
せき あゆみ
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綿津見國奇譚

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第一章 ホデリ族とホオリ族




   一、ホデリ族

「その昔、初めて勇者が現れた時の戦乱は、我らホデリ族が原因だったのだ」
 父の語る言葉にクサナギは一瞬耳を疑った。
「え? 本当なの」
 ムラクモは、この息子の驚きようにあきれ顔で言った。
「まったく。イスルギ殿が嘆くわけだ。居眠りばかりしてると……」
 イスルギ(石動)とは賢者の中でも「仙師」という高位の人物で族長であり、一族の歴史を年少者に教えていた。
「じーさん。チクったなあ!」
「ばかもの。仙師のことをじーさんなどと」
「わー、ごめんなさい」
「まあ、今はそれはおいとくが。ともかく……だな、六千年前起った原始ホデリ族が、この国全ての部族の始祖だというのは知っているな」
「はい」
「そのホデリ族だけが、この世に存在したときだ。二千年間、ホデリ族は平和に暮らしていた。しかし、今から四千年前……邪悪な心を持った者が現れて、あっというまに地を悪で染めてしまったのだ」
「そんな……」
「一人一人が欲望にかられ、盗みあい、騙し合い、殺し合った」
 日頃、厳しく自分の感情をコントロールするよういわれているクサナギには、とうてい信じられないことだった。
「それとて、元を質せば、子を思う親心からでたものだったのだが……」
「いったい、それはどういう?」
「うむ。初代の勇者の一人、ヌバタマ(烏羽玉)さまの生まれのことだ」
 それが勇者に関わることと知り、ますますクサナギは驚いた。
 
 そもそも、初代の勇者の一人、ヌバタマの出生は謎に包まれていた。
 母親のタマヨリ(玉依)は一つの卵を産み、そのまま眠りについてしまった。卵は長老府と呼ばれる最高政治機関に預けられ保護された。
 それは地上にホデリ族だけが存在していた頃のことである。
 地上の真ん中に「御柱」と呼ばれる天まで続く大きな木がそびえていた。その木が天の意志を伝え、一族は四つの国に分かれ、天の采配で生活をしていたのだ。それは誰しも疑うことなく、確かに天からの恵みを受けて平和が保たれていた。
 その天の意志とはどうやって人々に伝えられたのか。
「御柱」が天にかかるあたりに「長老府」という機関があり、ホデリ族の中の四つの部族から、もっとも力の強いものが数人選ばれて、政治の任に当たったのだ。彼らは天の意志を伺い、それを正しく伝えることによって政治を行っていた。 
 ヌバタマの母タマヨリが眠りについたのも天の采配だった。いや、当時の長老府の長老たちも「天の采配」としか認識できなかった。天の意志である以上、それに異を唱えるわけにはいかない。
 しかしながら、ヌバタマの父ホホデミ(穂々出見)は納得できなかった。
 長老たちは「天の意志」であるとしか説明できない。しかし、ホホデミにとって愛する妻が眠ったままでいるということが、また、産まれた子どもが卵だということが、なぜ「天の意志」なのか、理解できようはずはなかった。ホホデミはしだいに疑いを持ち始めた。「御柱」と「天の意志」と「長老府」に。
 やがてその際疑心は大きくなり、とうとうある日、たまりかねた彼は長老府に忍び込み、クブツチの太刀を盗み出してしまったのだ。
 クブツチの太刀は人が地上で悪事をなしたとき、天がふるう太刀である。長老府の奥の殿に厳重にしまわれていた。
 なぜかホホデミはその存在を知り、あるときこっそり盗み出し、しかも、あろうことか、その太刀で「御柱」に傷をつけてしまったのだ。
 このとき、ホホデミは「御柱」を破壊しようとした。もちろん、力を持った部族の人間ではあっても、そうやすやすと使える太刀ではない。
 結局「御柱」には浅い傷をわずかにつけただけだったが、たちまち天は意志を語るのをやめてしまったのだ。
 「御柱」は生気をなくし、ほどなく枯れてしまった。そのため長老たちはその力さえ発揮できなくなった。
 クブツチの太刀を手に入れたよこしまなホホデミは、人々に呼びかけた。天の意志はまがい物であると。
 天の意志が伝わらなくなった人々の心はゆれ始めた。そして、長老の言うことよりもホホデミの言うことを信じる者のほうがしだいに増えていった。
 こうして一つのわずかな猜疑心からおこった「悪」がしだいに悪を生み出してしまったのだ。
 ほどなく、人は人に対して殺戮を行うようになり、欲望のままに振る舞うようになった。こうして家と家の諍いから、邑同士の諍いがおこり、やがて四つの部族間の戦いに発展してしまったのだ。

 ムラクモは続けた。
「良心を失わなかった者はごくわずかで、戦は劣性だった。しかし壊滅寸前のところで、天が味方をしてくれたのだ」
「それが勇者ですか?」
「そうだ。七人の若者に天からの印が降りて、膨大な数の悪しき者をねじ伏せていった」
「すごいんですね」
「祭りの時にかざる肖像画があるだろう? 最初の勇者、アケボノ(曙)、マホロバ(真幌羽)、タカチホ(高千穂)、シロタエ(白妙)、ヒナブリ(夷振)、ヤチホコ(八千矛)、ヌバタマ(烏羽玉)の七聖人……。その方々が、われわれ賢者の始祖となった」
「そうだったのかあ」
「感心してる場合じゃない。そのときに生き残った少数の悪しき者たちが、地の果てに逃れてホオリ族になったのだ」
「それで、ぼくたちは悪い心を持たないように、普通の人より厳しい精神修養をつむんですね」
「……って。おまえ、いったい修練中に何を聞いてたんだ。そんなこととっくにわかってることだろう」
 クサナギは肩をすくめた。どちらかといえば体を動かしている方が好きな質で、鍛錬の時は人一倍熱心に稽古に励むので太刀の扱いや方術は大人顔負けの実力がある。
 しかしむらっ気で落ち着きがないため、精神修養には多くの課題が残されていた。
「……それから、力は半減したがホデリ族は生きながらえてその数は増えた。だが、だんだんと力を持たない者が生まれてくるようになって、普通の人間として、ホデリ族から離れていった。むろん、地の果てにいたホオリ族からも普通の人間が現れた」
「で、地上に人間が満ちていろんな部族が生まれ、いくつもの国ができた。……イスルギさまの講義よりお父さんの説明のほうがよくわかる」
「こら。とにかく、ホオリ族はその後は人間にちょっかいをだしてな。中でも一番大きな戦は……」
「千年前の統一の時!」
と、クサナギは身を乗り出した。
「うむ。それは人間同士の戦では最大だった」
「クシナダ族とハヤト族に、勇者の印の聖霊石が降りてきたんでしょ。それでホデリ族の賢者たちも力を合わせて戦った。またしてもホオリ族は、地の果てに逃げていった」
「わかってるじゃないか」
「そこのところは、かっこいいから好きなんだ。悪者の名前なんかどうでもよかったから覚えなかったの。第一、ホオリ族なんて見たこともないからぴんとこなかったし……。でも、ぼくはその時の賢者みたいに、勇者を助けて戦いたい。理想はアカツキ(暁)さまかなあ。賢者の中でいちばんすてきだよね」
 クサナギが話の本題からそれて、自分の目標の賢者の話を熱っぽく語りだしたので、ムラクモはそれをたしなめた。
「クサナギ。理想もいいが、アカツキさまといったら太上の位までのぼった高貴な方なのだぞ。賢者なら誰もが目標にしてる……」
作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ