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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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綿津見國奇譚

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   三、ベニヒカゲの最期

「おーい」
 ホムラの声が聞こえた。マツリカとともに加勢にやってきたのだ。
「間に合った。これから乗り込むんでしょ?」
「あれ、グレンは?」
 ニシキギが尋ねると、マツリカが答えた。
「ちょっと張り切りすぎて力を使いすぎたの。でも後から来るわ」
「それよりどうしたんだい? ヒムカもシタダミも」
「べつに、さあ行こうぜ」
 ホムラの心配をよそに仏頂面のヒムカは歩き出した。広い内郭の庭を用心深く歩いて入り口をさがした。
「うへえ。なんて城だ。いったい入り口はどこなんだ」
 ニシキギがうんざりして言った。いっそ飛んで窓から入ろうとしたが、この城には窓が一つもない。ようやく天守と副塔のあいだにある階段を見つけてそこを昇り、鉄の重い扉の前に立った。
「ここか」
 ホムラの大鎚で扉をやぶると、真っ暗な城内へ入った。
「妖魔の気を感じるわ。気をつけてどこもかしこも妖魔だらけよ」
 マツリカとクサナギが術で明かりを灯そうとした矢先、
「きゃー」
 暗闇にサクヤの悲鳴が響いた。すぐさま二人は術で明かりを灯した。その明かりの中に無数の蛾の羽をもつ妖魔と、巨大なベニヒカゲの姿が浮かび上がった。高い天井に糸でびっしり張り付いたまゆの中からでてきたベニヒカゲの姿は、醜く変身していた。
 上半身は変わらなかったが、背中には蛾の羽があり、下半身はサソリになっていて腰の辺りからでた鈎のような爪のついた手でサクヤを捕らえていた。
「ベニヒカゲ!」
 ニシキギとシタダミが同時に憎しみを込めて叫んだ。
「妹をはなせ! 怪物め」
 ヒムカが叫ぶと、ベニヒカゲは口をまげて冷ややかに笑った。
「ほう、これはおそろいで。あんたがヒムカかい? サクヤにそっくりだ」
「ベニヒカゲ。サクヤさまを離しなさい。勇者にあなたがかなうわけないわ」
 シノノメのことばに、ベニヒカゲは皮肉な笑みを浮かべて言った。
「ふん、えらくなったもんだね。シノノメ。あんたの大事な媛をこうしておけば攻撃なんてできないだろ」
「卑怯者!」
「なんとでもおいい。さあ妖魔ども、そいつらの体液を吸い取っておしまい!」
 蛾の妖魔はいっせいに襲いかかった。真っ黒な大型の蛾は、よくみると人間の体をしている。これもおそらく死人を変えたものだろう。やっかいなのは飛び回るばかりでなく、手足でしっかり抱きついてくるので振り払えず、手づかみで引き離しては剣で切るしかなかった。
「くそ、首をやられたらひとたまりもないぞ」
 鋭い口吻は柔らかいのどの皮膚を破って体液を吸おうと足や腕からよじ登ってくる。おまけに毒の鱗粉に目や鼻や口が刺激され、くしゃみがでたり咳き込んだりして苦しく、鱗粉を防ぐにも四苦八苦だった。。
 そのとき体を押えられていたサクヤは自由が利く手でそっと矢を抜くと、かぎ爪の柔らかい関節に思い切り突き立てた。
「ぎゃ」
 ふいをつかれたベニヒカゲは思わずサクヤをはなした。
「危ない。サクヤ」
 天井から落ちるサクヤをシタダミが抱きかかえた。そしてベニヒカゲの気がそれた瞬間、「今だ。ホムラ、ニシキギ。念を!」
 ヒムカのかけ声でホムラとニシキギは聖霊石に念を込め、またクサナギとマツリカは術で蛾をあとかたもなく消し去った。
「ありがとう、シタダミ」
「いや……」
 サクヤの言葉にシタダミはようやく笑みを取り戻した。その時ヒムカが近づき、シタダミの手を取った。
「ありがとう。妹を助けてくれて」
「ぼくにとってもサクヤは妹だから」
 シタダミはヒムカの手を握りかえし、ふたりは固い握手をかわした。
「ええい。いまいましい。これでもくらえ!」
 術をやぶられたベニヒカゲは今度は自分の体から無数の毒針を出した。
「あぶない」
 とっさにシノノメが進み出て勇者たちを結界で包んで保護した。
「ありがとう。シノノメさま」
 クサナギは礼をいうと、マツリカと協力してベニヒカゲの毒針をどんどん術で封じていった。
「くそ、これでもか」
 ベニヒカゲは二人の賢者を相手に精一杯の力を出し切っていた。
 実はクサナギとマツリカは自分たちに攻撃を向けさせながら、ベニヒカゲが身動きできないように彼女の力をコントロールしていたのだ。
「よし、今だ。シタダミ、サクヤ、ホムラ、ニシキギ!」
 ヒムカの号令で勇者たちは四方八方に別れて空中に飛び上がった。
 ヒュン!
 サクヤの矢が腕を射抜き、シタダミの飛苦無が無数に背中につきささった。
「おのれ! こざかしいこわっぱどもめ」
 満身創痍のベニヒカゲは、サソリの尾をふりあげた。
「うわ、なんだ?」
 二股に別れたその尾の先は蛭の頭だった。二つの頭は鎌首をもたげて、鋭い牙をもった口で勇者たちに襲いかかってきた。
「おれにまかせろ」
 ニシキギの二丁の斧が飛ぶと、次の瞬間、血しぶきを上げて蛭の頭はぼとぼとと地に落ちた。
「くっそぉ」
 ベニヒカゲは、苦悶の形相をしながらなおも勇者たちに襲いかかってきた。そのとき、カササギがものすごい早さでベニヒカゲの顔の前に飛んでいったかと思うと、鋭いくちばしで彼女の両目をつついた。
「ぐぐっ!」
 目の見えなくなったベニヒカゲは、でたらめに動き回った。そこへホムラがベニヒカゲの胸に大鎚をふるって骨をくだき、
「とどめだ!」
と、ヒムカの剣が赤い閃光を放つと、
「ぎゃああああああああ」
 ベニヒカゲの断末魔の声が響き渡った。
 ふたたびベニヒカゲは、塵になって消え失せたのだった。

 この時、遠くマツラ邑のワダツミ軍の陣地では、とらえた怪物たちがみるみるもとの人間の姿にもどった。またマツリカが眠らせた怪物たちもつぎつぎと人間に戻った。
 その報告を聞くと、ムラクモは満足げに笑みを浮かべながら自慢のヒゲをなでた。
「ベニヒカゲを倒したようだな。勇者たちの活躍はたいしたものだ」
「では、われわれもフサヤガ軍を迎え撃つために進軍しますか」
 ツムカリが腰をあげ、全軍に檄をとばした。
「戦は山場を向かえた。ホオリ邑では勇者が奮闘している。これからわれわれはフサヤガ軍を迎え撃つため、旧クシナダ領まで進軍する!」
「えいえい、おー」
 兵士の志気は上がった。
 ときの声は、本陣のずっと後ろにある救護斑のテントにまで聞こえた。まだ寝台に横になっていたグレンはいてもたってもいられず起きあがった。
「くそ、まだくらくらする」
「よせ。無理するな」
 シラヌイが声をかけた。グレンは平静を装って強がった。
「大きなお世話だ」
「君の性格からいったら絶対行こうとすると思ってね」
 つかつかと歩み寄ったシラヌイは、自分の肩にグレンの腕を回した。てっきり力ずくで寝台に押さえつけられるものと思ったグレンは面食らった。
「これ以上は休んでいろって言う方が無理だからな。ぼくの力をほんの少しなら分けてやれるから」
「ふん。まだ見習いの君の力じゃたかがしれてるな」
「言ったな! へぼな勇者よりよほどましだぞ」
「へぼとはなんだ。へぼ賢者見習い」
「いいから黙ってつかまれ。飛ぶぞ」

作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ