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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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綿津見國奇譚

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  二、妖魔

 樹海の外に続く山並みの上空で、ムラクモ率いるホデリ族・賢者の軍はホオリ軍を迎え撃った。
 ホデリ族は圧倒的な強さを見せた。術の力では劣るホオリ軍は数を頼んでの襲撃だったが、ことごとくねじ伏せられて大敗し、多くの兵士が力を奪われ捕虜となった。また怪物にされたウム族とクナ族は眠らせて時を待つことにした。
 ムラクモからハヤトの情勢を探るよう命じられたシラヌイが戻ってきた。
「族長。フサヤガ国の軍隊がぞくぞくとハヤト族の邑に入っています。ハマクグは殺されました」
 ムラクモは賢者を集めると命令を下した。
「よし! われらはマツラ邑に援軍に行く。フサヤガの進軍に備えるんだ」」
「やはりハマクグ殿はホウジャクさまに利用されていただけだったか……」
 オオミクリがつぶやいた。
「ムラクモ殿。わたしもご一緒させてくだされ。決して足手まといにはなりませぬ」
「しかし、われわれは空を飛んでいくのです。あなたのお体にさわると……」
「お願いじゃ。わたしだけのんびりとしてはおれぬ」
 ムラクモは若い賢者ふたりにオオミクリを抱えてゆっくりと飛ぶよう命じた。こうしてホデリ軍と三部族の連合軍はマツラ邑で合流し、ワダツミ軍が結成された。
「ツムカリ殿。援軍にまいりました」
「これはムラクモ殿。お久しぶりです。これでわが軍は百人力だ」
 再会した二人は硬い握手を交わした。人間では唯一人ムラクモと対等に渡り合えるツムカリは、よきライバルであると同時に親友でもあり、若い頃は一緒に剣の修行に励んだものだった。
「戦の後ホデリ邑にいらっしゃらなかったから、まさかあなたに限ってと思いましたが……。トヨ邑に隠れ住んでいることがわかった時はほっとしました」
「妻が病になってやむなく。しかし、息子がお世話になりました」
「グレンはなかなかの才能をお持ちだ」
「いやあ、無茶をしましてな。今は休んでます。みんなはホオリ邑に向かったというのに、情けない」
「はっは、若い時はそうですな。自分の力を過信してしまう」
「いや、まったく」
「それはそうと、紹介したい方が」
 ムラクモは軍の後方のテントへツムカリを案内した。気配を感じたオオミクリはテントの入り口へでてツムカリに声をかけた。
「ツムカリ殿、お久しゅう」
 しかし、ツムカリはぽかんとした。
「あ、あなたはまさか、オオミクリさま?」
 大臣だった頃からオオミクリとは親しくしていたが、久しぶりに会うオオミクリの変わりようにツムカリは驚きを隠せなかった。
「驚かれるのも無理はない。十三年も軟禁されて、屋敷から一歩も外に出られなかったのです」
「何と! あれほどの偉丈夫が……。こんなにもおやつれになって」
 以前のオオミクリは年こそ取ってはいても堂々とした恰幅のよい体格をしていた。それが骨と皮ばかりにやせこけていたのでツムカリはすぐにはわからなかったのだ。
「ようやく逃げ出したが、砂漠で力が尽きるところを勇者に助けられたのです」
「ご苦労をなされたのですね」
 翌日の進軍に備え、兵士を早く休ませてから三人は心ゆくまで語り合った。

 ホオリ邑についたヒムカ、サクヤ、ニシキギ、クサナギの四人はまよわずアカマダラの居城に近づいていった。
 ホオリ邑の中心の小高い丘の上に居城はあった。黒曜石でできた城は、不気味に黒光りしてそびえたっている。
 天守のまわりはぐるりと高い城壁が取り囲み、空から見ると城壁の上の歩廊には頭部が馬や牛や猫、あるいは蛙やトカゲなどの異形の兵士が無数に立っていた。兵士たちは上空に現れた勇者に向かって矢を放ってきた。おそらくその兵士たちは動物の死骸を生き返らせたのだろう。弓の腕も剣の腕もなく、術の力で難なく倒すことができた。
「なんだ。こいつら、全然生気がない」
 拍子の抜けた声をあげたヒムカに、ニシキギが言った。
「こいつらはただの見張りで、元は死体だよ」
「なるほどね」
 みるみる腐って溶けていく死体を見ながらヒムカは首をすくめた。
「こんなのにかまっちゃいられない。行こう!」
 ニシキギはさっさと先に進んだ。
 しかし、死体をよみがえらせただけのその場しのぎの兵士は、次から次へと現れてくる。
「へなちょこ兵士だけど、こんなに次から次にでてくるとうんざりするな」
 ヒムカが辟易していた。
「本当ね、一気に倒す方法はないかしら」
 サクヤもうんざりといった顔をした。

「子供ばかりで何ができましょう。アカマダラさま、わたしひとりで十分です」
 コジャノメは強がって正門の壁塔の上で四人を迎え撃った。とはいえ、ほかのホオリ人と変わらず術の力は弱く、ただ強いものに媚びへつらって出世しただけの小者でしかないコジャノメには、せいぜい空気中の邪気を集めて小妖魔を作り出すのが関の山だった。
 しかしアカマダラに大見得を切った手前、少しはいいところを見せなくてはならない。コジャノメは兵士がたおされると、小妖魔を合体させた小山ほどの妖魔を解き放った。
 その妖魔は、ぶよぶよとした肉の塊のような醜い姿で、幾層にもシワが垂れ下がっている。上部にぽこんとこぶのように飛び出しているのが頭らしく、深いシワの奥に赤い目が光っている。垂れ下がった肉の一番下には太い二本の足が見えた。
「なんだかへんなのがでてきた」
 ちっとも強そうに見えない妖魔を見て、呆れたようにいいながら、剣をかまえるヒムカに、ニシキギが言った。
「コジャノメの作り出す妖魔なんか、はったりだよ」
「だが、気を抜くな。妖魔の気をこっちにむけておくんだ」
 クサナギは二人に注意すると、サクヤに指示した。
「サクヤ、あの塔の中に奴がいる。脅かすだけでいいから、頼む」
「はい」
 サクヤは壁塔の窓からようすを伺っているコジャノメの死角になるようそっと移動すると飛び上がった。そしてその背後に回って弓をかまえた。
 妖魔はシワの間から触覚のような腕を何本も出して三人に襲いかかった。三人は剣で応戦する。そのようすをコジャノメはおもしろがって見ていた。
「はっはは、わたしの腕もまんざらじゃないぞ。賢者と勇者がてこずっている」
 コジャノメは高笑いをしている。全くの無防備だ。
 ひゅっ!
 風を切る音とともにコジャノメの肩にサクヤの放った矢が刺さった。
「ぎゃ」
 肩を押えてコジャノメは倒れた。そして起きあがりながら振り向き、サクヤの姿に驚いた。
「こ、小娘いつのまに」
 しかしふたたび弓をかまえるサクヤの気迫に圧倒され、こそこそと壁上歩廊を逃げ回り接続塔の中に引っ込んでしまった。サクヤは深追いせず三人のいる場所にもどった。
「ありがとう。サクヤ」
 次いでクサナギは術で怪物の動きを封じると、ヒムカに言った。
「ヒムカ。やってみろ」
「うん!」
 ヒムカは聖霊石が怪物と向かい合うように剣を縦にかまえると一心に念を込めた。妖魔が大きいだけに力もそれなりに使わなくてはならないが、やっと術らしい術が使えるのがうれしいヒムカは石のパワーを増大させた。
 ヒムカの剣が赤いまばゆい光を放つと、たちまち妖魔はぱっと砕け散った。
「かっこいい、ヒムカ。勇者っぽいよ」
「すごいわ。お兄さま」
 ニシキギとサクヤにほめられ、ヒムカはちょっと得意だった。
作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ