綿津見國奇譚
四、賢者の命
「どれ、そろったかの」
七人の後ろにツヅレ婆の姿があった。
「改めてプレゼントじゃ。受け取るがよい」
ツヅレ婆は握ったこぶしをつきだすと、ぱっと手を開いた。すると目もくらむばかりの光があらわれ、それが七つに分かれると七人の体の中に入った。たちまち七人は力がついたような気持ちになった。
「アカツキさまの気じゃよ。おまえたちが戦う時、勇気と力をくれる。それに少々のことではへこたれない強靱な体も」
「ありがとうございます。婆さま」
七人は口々に礼を言った。
「もう、二度と会うこともなかろう。しっかりがんばるんじゃぞ」
ツヅレ婆の姿は次第に薄くなり、消えていった。
「婆さま、二度とあえないって……」
サクヤは不安を感じていた。
「賢者の森にいってみよう。アカツキさんにもお礼が言いたいし」
ヒムカの提案で七人は森へ向かった。
「いたあい。なんじゃどかどかと……」
またしても踏んづけられたイスルギだった。
「まったく。不作法な! 七人に踏まれてはぺちゃんこになってしまう」
「ごめんなさい。もと族長。急いでたものだから」
「おじいさま。ごめんなさい」
ヒムカとマツリカが代表して謝った。初対面の五人は、地面の中から現れたイスルギに、ただただ驚くばかりだった。
「勇者じゃな。そろったか」
イスルギは、一同の顔を見渡して、感慨深げにつぶやいた。しかし、七人がなんのためにやってきたのか察していたので、これ以上先に進むことをおし止めた。
「アカツキさまのところへは行っても無駄じゃ。もう、会うことはできん」
「ええ?」
「おまえたちに分けたのはあの方の命じゃ。八百年前、あの方があと百年の寿命を残して眠られたのはこのためじゃった」
「じゃあ、ツヅレ婆さまは? おじいさま」
孫のマツリカが聞いた。
「あの方の寿命もまもなくつきる。この百年アカツキさまより先に目覚めて、いろいろ尽力してくださっていたからな……。二人っきりにさせておあげ」
「でも、まだちゃんとお礼も申し上げてないのに」
マツリカは涙ぐんだ。
「賢者とはそういうものじゃ。ましてお二人は勇者とともに戦ったお方。マツリカ、ホデリの民であるおまえが、一番あのお二人の心をくみ取らねばならんのだぞ」
七人はイスルギに止められ、それ以上、森の奥に進むのをあきらめた。
泉のほとりにアカツキは横たわっていた。もう息はなく、その体も薄らいで、今にも消えそうだった。シラツユはそばに座ってアカツキの白い顔をじっと見ていた。
「あなたは朝の空に、わたしは草を濡らす露に……。いつも一緒ですわ」
バサッと羽ばたく音がして鳥が舞い降りてきた。真っ白なその鳥をシラツユは手招きした。
「おや、おまえ。お別れにきてくれたの? ここへおいで」
鳥は恐れもせず、シラツユのそばに寄っていった。その鳥はまぎれもなくあのカササギだった。カササギはじっとシラツユの顔を見て、何かを訴えかけているようだった。
「おまえも力が欲しいの? そう、じゃあ、わたしの最後の力をあげる」
シラツユは、そっとカササギの羽根に手を触れた。そのとたん、シラツユはこときれてアカツキのそばに倒れた。カササギはシラツユの頬にくちばしをそっとあて、悲しそうにのどをならした。やがてアカツキの体が消え、次いでシラツユの体が消えると、カササギは「ピイーィ」と一声鳴いて飛び上がり、森の上空を悲しげに旋回した。そのようすは、聖地の入り口にとどまっていた勇者たちも目にすることができた。
「カササギ!」
ニシキギが叫んだ。旋回するカササギを見たヒムカが言った。
「あっちは泉の方だ」
「カササギ、悲しそうに飛んでるね」
とホムラが言うと、サクヤの目から涙が落ちた。
「もう、あのお二人は……」
「元気だそう。ぼくたちみんな力を受け継いだんだから」
シタダミがサクヤの肩を叩いて言った。
「そうだな。おまえも少しはかっこいいこと言うんだ」
グレンはシタダミをわざと冷やかして、悲しく沈みそうなみんなを励ました。
勇者が揃ったことを知り、ベニヒカゲは心中おだやかではなかった。ただちに隷属させてきた少数部族ウム(鵜牟)族とクナ(久那)族をそれぞれ怪物に仕立て上げ、カササギのような翼のあるものには、ホオリ族の兵士を乗せて空から進軍させ、また翼のないものは地上から進軍させた。
そしてその間に、ベニヒカゲはより強い力を譲り受けるため、アカマダラの城にやってきていた。
片やハマクグは、将軍マタタビに再びトヨ族を制圧するよう命じた。
「トヨ族さえ制圧すればマツラやイヨなど取るに足らん。ツムカリの首を取ってこい!」
「はっ。ツムカリの首は必ずやわたくしが」
以前、自分の部隊をグレンとホムラに全滅させられ、報復の機会をうかがっていたマタタビは、チャンス到来とばかり勇んで出撃した。
このようすを見て、ほくそ笑んでいるのはシロヒトリだった。
「はっはっは。バカな奴らだ。すぐにフサヤガ王国がワダツミ国をいただくというのに。そのあと、すべてアカマダラさまのものになるのさ。そして最後は…… はっははは」