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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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綿津見國奇譚

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   五、出撃

「ハヤト族が出撃しました。トヨ族を襲撃するつもりです」
「ホオリ族の軍隊が空から攻めてきます!」
「怪物が邑々を襲っています」
 族長ムラクモの指示で、ホオリ族とハヤト族の動きを探っていた斥候たちが、報告にもどって来た。
「怪物というのは?」
「ベニヒカゲに姿を変えられた少数部族の民です。族長」
「とすると、武器で攻撃するのはまずいな」
 怪物に変化させられた人間は、一人ずつで、あるいは数人が合体して巨大になり邑々を襲っていた。少数部族のクヌ(狗奴)族は壊滅状態で、ヒノ(緋廼)族やイワト(巖戸)族はようやく半数の人々がイヨ族やヘグリ族の邑に逃げ込み、そこでは先にムラクモが派遣したホデリ族の若い賢者がどうにか怪物を防ぎ、人々をマツラ邑へと逃れさせていた。
「くそう、数がこう多くては……!」
「人間だとわかっているから殺すわけにもいかない」
「ああ、術と剣でわけなく退治できるのに」
「そう言うな。援軍がまもなく来るはずだ」
 賢者の若者たちは結界をはって怪物の侵入を防いでいた。しかし、その数はどんどん増してくるためじりじりと後退せざるを得なかった。

「族長。わたしに行かせてください。わたしなら怪物の動きを止められます」
「マツリカ。そなた一人で大丈夫か?」
「わたしなら瞬間移動ができます。敵に見つかることはありません」
「だが、一気に飛ぶには距離がありすぎるのでは」
「石の力でわたしの能力は倍になっています。それにアカツキさまの気も頂きましたし……」
 マツリカは自信に満ちて答えると、姿を消した。
「族長。ハヤト族の軍隊はぼくらにまかせてください」
 グレンがホムラとともに名乗りをあげた。
「では、頼むぞ」
「族長。ぼくたちは?」
 ヒムカははやく出陣したくてうずうずしていた。
「父上、わたしたちはホオリの邑へ参ります。ベニヒカゲを倒さなければ怪物にされた人たちを元に戻すことはできません」
「よし、ヒムカ、サクヤ、シタダミ、ニシキギはクサナギとともにホオリ邑へ向かえ。おそらくホオリ軍はまっすぐ進んでくるだろうから、おまえたちは北側から回ってやり過ごせ。われわれが樹海の外で迎え撃つ!」
「まってましたあ!」
 ヒムカは武者震いに体を震わせながら、先頭を切って飛び出した。

 早くもマツリカは怪物たちに襲われた邑に着き、その術で次々と怪物たちを眠らせていった。こうしてヘグリ族、イヨ族の邑人たちは難を逃れ、マツラ族の邑に無事にたどりついた。
 三部族の若者たちは叫んだ。
「俺たちも戦うぞ。ホデリ族と勇者にばかり頼っては申し訳ない!」
「そうだ、俺たちの国だ。一刻も早く平和をとりもどしたい」
 そして男たちは剣や槍、あるいは武器の代わりに鍬や鋤や鎌を手にして立ち上がった。マツリカはこのようすをムラクモに知らせるべく、ホデリ邑にひとまず帰った。
 一方、トヨ族の島ではツムカリが精鋭隊を組織していた。
「父さん」
「おお、グレン、ホムラ。来てくれたか」
「父さん、マツラ族の邑で三部族が決起しました」
「だからね、おいらたち、ちょっといたずらしてきたんだ……」
 ホムラが笑って舌を出した。二人はマツリカが怪物を眠らせている間、ハヤト族とヘグリ族、イヨ族との邑境の渓谷にかかる橋という橋をすべて落としてしまったのだ。
 ハヤト族の軍隊は都から東に進み、峡谷の橋を渡ってヘグリ邑を通りすぎ、旧クシナダ領からやや南下し、谷を通ってマツラ邑に行く予定であり、そこからさらに南下してトヨ族の島に進軍するつもりだった。
 しかし橋が壊されていたため、渓谷づたいに迂回して下流のイヨ族の邑まで出て、海岸沿いを行かなければならなくなった。だが、そのあたりはほとんど道らしい道のない場所で徒歩ならなんとか通れるが、馬での進軍には不利だった。そしてイヨ邑からまた北上して街道に出るにはさらに時間を無駄にすることになる。
 いずれにしても進軍は数日分遅れるので、決起した三部族の若者たちは迎え撃つ準備をはじめた。
「くそう、勇者め」
 マタタビはぎりぎりと歯ぎしりをしてくやしがった。ここまで来たらいっそ船で海から攻撃する方が早いが、イヨ族の邑はホオリ族の攻撃を逃れてもぬけのからになっている。海岸の民のイヨ族と違い、ハヤト族は山と平原の民だ。船を扱うことはできなかった。
「しかたあるまい。歩兵隊はこのまま海岸づたいに進め! 騎馬隊は北上して街道に戻るぞ!」
 こうしてハヤト軍は二手に分かれた。マタタビは馬に鞭をあて、遅れを取り戻そうとひたすら走った。

 トヨ族の軍は島を出るため海岸に立った。しかし、海はまだ道のできる日ではなかった。
「おいらにまかして!」
 ホムラは波打ち際に立つと大鎚を振り下ろし波を左右に分けた。続いてグレンが炎の風を起こして波を巻き上げると、海底から乾いた地面が現れた。こうして精鋭隊はツムカリを先頭に馬を走らせ、対岸に渡った。
 マツラ族では早くもハヤト族が二手に分かれたという情報をつかんだ。そして旧トヨ邑側と旧クシナダ邑側との邑境で迎え撃つ準備を整えたのだった。
 見張りが叫んだ。
「ハヤト族が川下から上がってきたぞ」
「ようし。全員配置につけ!」
 旧トヨ邑から攻めてきたハヤト軍が姿を現わした。三部族の連合軍は岩を落としたり、石投機で石を投げたりして迎え撃った。しかし、日頃軍隊としての訓練で鍛えた兵士にはやはりかなわない。敵軍は少しも恐れず進んでくる。
「たいへんだ。白兵戦になったらわれわれの腕ではかなわない」
 若者たちは焦った。だが、そこへトヨ族の精鋭隊が到着したのだ。
「大丈夫か。剣での戦いならわれわれにまかせろ!」
 ツムカリの勇ましい言葉に若者たちは励まされた。トヨ族の精鋭隊はみるみるうちにハヤト族の兵士を撤退させていった。
「ようし。ホムラ、頼むぞ」
「はあい」
 ハヤト軍が旧トヨ邑の海岸まで撤退したところでツムカリはホムラに命じた。
「またしてもおいらの出番だね」
 ホムラはツムカリの部隊がマツラ邑まで引き返したのを見極めると、例の大鎚を振り上げ地面に打ちつけた。見る間に旧トヨ邑の半分の地が陥没し、海水が流れ込んできた。ハヤト軍の残党は波にのまれてしまった。
「師匠。これでいい?」
「よくやった。ホムラ」
「生きてる人は助けてやってね」
「もちろんだとも。われわれは人殺しがしたい訳じゃない」
 見ると、もうすでにイヨ族の人々が船を出しておぼれる兵士をすくい上げている。
「ホムラは人がいいな」
 グレンが半ば呆れて言ったが、内心父やホムラに同感だった。
 旧トヨ邑側は心配がなくなったため、精鋭隊は急いで旧クシナダ邑側で戦う仲間のもとに急いだ。精鋭隊が着いた時、ちょうどハヤト軍の騎馬隊が谷間に姿を現わしたところだった。
「さあて、今度はぼくの番かな」
 グレンが先頭に出て槍をかまえた。しかし、ツムカリがそれを制止した。
「いや、まてグレン。あのときとは事情が違う。できるだけわれわれ人間が戦う。勇者はまだひかえていろ」
 グレンはいささか不満げな顔をして退いた。
「しょうがない。ぼくの活躍はあとのお楽しみか」
作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ