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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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綿津見國奇譚

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「ねえ、さっきから歌が聞こえない?」
 おそるおそる尋ねたのはヒムカだった。
「ああ、谷間に吹く風で岩の隙間が鳴るんだ。ちなみにあれはヤチホコさまとヒナブリさまだよ」
「風がヤチホコさん? あの歌のような音がヒナブリさん?」
「そう。聖人たちは皆ここにいる」
「じゃあ、ヌバタマさんは?」
 クサナギは思わせぶりに笑って答えなかった。
 山の中腹まで登ると、青々とした草が生えていた。それがリュウノオだった。
「カササギの治療に必要なのは、葉ではなく実なの。それも青いのでも赤いのでもない。黒い実よ」
 ユズリハが言うと、ヒムカが大きな声をあげた。
「あ、もしかしてそれって」
「そう、ヌバタマさまだ。お二人はご夫婦だったそうだ」
 ヌバタマとは、烏の羽根の色のように黒い珍しい宝玉を意味する。
 リュウノオは、葉も根もどの色の実も全部が薬になるが、特に黒い実は、邪気をはらうのに一番の効力があるのだ。ただ、一株に一粒できるかできないかという非常にめずらしいものなので、最低必要な十粒をさがすにはかなりの時間がかかった。それでも、首尾よくリュウノオの実を手に入れると、三人は邑に戻り、ユズリハはさっそく薬湯作りにとりかかった。

作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ