綿津見國奇譚
グレンの言葉にクサナギはうなずき、それから怪物の話を切りだした。
「ところでシノノメさま。あの生き物のことで」
「そうだわ。カササギは大丈夫?」
「あれはカササギと言うのですか?」
「ええ、といってもあの子は人間なの。だまされてあんな姿にされてしまったのよ。おかげでわたしはこうして助かったけど」
「シノノメさま。家畜小屋にいれてやりました。ワラも新しいのをたくさん敷いて暖かくして」
「ありがとう。ユズリハ」
「でも、何をあげても食べないのです。水を飲むばかりで……」
「そう、きっとそうとうのどが渇いたのね。ホオリ族の邑を逃げ出してから休まずに飛び続けてくれたの。そうだわ、言ってやらなきゃ。ニシキギは助かったって」
ユズリハに案内されて、シノノメはカササギのところへ行った。その間にクサナギは、グレンやマツリカとともに、眠ってしまった四人を、それぞれの部屋まで運んでやることにした。
「カササギ」
そっと呼んでみると、カササギは頭を動かしてシノノメの方を向いた。
「どうもありがとう。おかげでわたしもニシキギも助かったわ」
「グルルル……」
のどを鳴らす音だったが、それが喜びの声だということはよくわかった。
「カササギ。あなた、お腹すいてない? みんな心配してるの」
「大丈夫。さっきはのどがカラカラで水がほしかった。水をたくさん飲んだので、今日はこれでいい」
「そう、わかったわ。明日おいしいものいただきましょうね。おやすみ」
東の空から満月が昇りはじめていた。
「シノノメさま。よくわかりますね。言葉が」
「不思議とはじめから通じたの。わたしが閉じこめられていた洞窟に追い立てられてきて……。悲しみで一杯だったわ。心の中が」
「わたしは、話でしかホオリ族のことを聞いたことがありませんが、恐ろしい者たちですね」
「ええ、わたしは、何人もの人が化け物に変えられたのを見てきたわ。ベニヒカゲは自分の血を飲ませるの」
「まあ、なんておぞましい!」
「ねえ、ユズリハ。あの子をなんとか人間に戻せる方法はないかしら」
「高位の賢者の方にお願いすれば……。でも、それでは本当の解決にはなりませんよね」
「そうなの。あの子の飲んでしまった血の力を取りのぞかなかれば、たとえ人間に戻っても今度はその血で苦しむことになる……」
人間らしい心を失わなかったカササギだが、もし、ベニヒカゲの血の影響を残したまま人間に戻ったなら、心をどんなに正しくしていても、その血の力で邪悪なおこないをしてしまう危険があった。そう、例えば窃盗や人殺しなど……。
「時間はかかりますが、薬を使いましょう。薬湯を毎日飲めば、血の影響は薄らぐでしょう。そうすれば姿ももとに戻るのでは」
「お願いね。ユズリハ」