綿津見國奇譚
「ふん、ぶざまだな。アカマダラさまに泣きついたか」
その声にベニヒカゲは振り返った。
「シロヒトリ! おまえ、いつの間に」
いつ入ってきたのか、部屋の入り口にシロヒトリ(白独)が立っていた。
「お黙り。昨日今日生まれた若僧のおまえなんかに何がわかる!」
シロヒトリは、アカマダラが再生してからのホオリ族に生まれた若い妖術使いで、フサヤガ国の王ホウジャクのもとに仕えている。
強欲なホウジャクは、シロヒトリの力を借りて次々と近隣諸国を征服し、強大な帝国を作り上げたのだ。そして今は、ワダツミ国と友好関係を結んでいるが、いずれはワダツミも征服しようともくろんでいた。
しかし、それらはみな人間同士を戦わせて滅ぼし、最後はホデリ族も滅ぼしてホオリ族が地の全てを支配しようとたくらむ、アカマダラの計略にほかならなかった。
「ベニヒカゲどの、シロヒトリどのは着々と成果をあげていますぞ」
と、シロヒトリの後ろから顔を出したのはコジャノメだった。ベニヒカゲは露骨に嫌な顔をした。
「へえ、今度はシロヒトリの腰巾着かい? あんたも忙しいねえ」
コジャノメはちぇっと舌打ちをした。シロヒトリは、ベニヒカゲの前につかつかと歩み寄り、嫌みたっぷりな口調で言った。
「勇者は取り逃がしたそうですねえ。ベニヒカゲさん。俺の方はいつでもワダツミを攻められるんだけど……」
「ふん。攻めたきゃ攻めりゃいい。わたしはホデリ族さえぶっつぶせばいいんだよ。とくにあの生意気な小娘を!」
「なるほど積年の恨みですか」
シロヒトリが鼻で笑うと、コジャノメがいかにもへつらうように、ニヤリとしてささやいた。
「シラツユって娘にこっぴどくやられたんですわ。これがまたすこぶるいい女で……」
「でも、千年前ならその女、もうババアだろ?」
「うひょひょ、ちがいない」
ベニヒカゲは二人をにらみつけた。
(どいつもこいつも……!)
自分の力がシロヒトリに及ばないことは、当のベニヒカゲ自身よくわかっていた。だが、新参者の若者に劣ることは、プライドが許さなかった。
ベニヒカゲは傀儡師、物を操ることでその力を使うことができる。しかし、カササギを変化させたものの完全に操れなくなったように、ホデリ族の賢者の力にはとうていかなわないのだ。
かたやシロヒトリは妖術師、賢者ともほぼ同等に戦うだけの力が備わっている。ベニヒカゲはくやしさのあまり、唇をきゅっとかんだ。