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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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綿津見國奇譚

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   七、脱出
 
「カササギ! どうしたの」
 洞窟の中では急に怪物が暴れ出した。しかしそれは暴れるというより苦しんでいるようだった。
「グアァァ。グェェ」
 広い洞窟ではあるがあまりにもでたらめに転げ回るで、シノノメはその体で押しつぶされないように壁のくぼみに身を隠しておとなしくなるのを待った。
 しばらくすると、怪物の姿は一回り大きくなっていた。つめも鋭くなり、鼻先に角がはえ、皮膚の表面はぼこぼこしたイボで覆われていた。しかし、人間の心はまだいくらか持っているようで、苦しみがおさまるとおとなしくなり、シノノメのそばに寄り添ってきた。シノノメは、心を込めて怪物の体をなでてやるのだった。
「グルル……」
 怪物はいきなり顔をあげると、うなりながら入り口めがけて階段を上っていった。
 どしん、どしん
 何度か体当たりしたが岩はびくともしない。しかし怪物は何かを考えるように首をかしげると、今度は少し離れて口から何かをはき出した。それは、さきほどのどろどろした液体だった。
 シューシューシュー
「まあ、岩が溶けたわ!」
 シノノメは目を見張った。液体がかかった岩はとけて入り口が開いたのだ。すると怪物はシノノメのそばによってくると頭を下げ、体を低くした。いかにも背中に乗れと言っているようなしぐさだった。
「わたしも出してくれるの? ありがとう」
 シノノメは、急いでスセリ媛を岩の中から取り出すと怪物の体にくくりつけ、自らもその背に乗った。怪物は翼をはばたかせたが、すぐにはうまく飛び立てなかった。そこに見回りの者がやってきた。
「たいへんだ。怪物が洞窟から逃げたぞ!」
 ホオリ族の邑は大騒ぎになった。騒ぎを聞きつけたベニヒカゲとニシキギは、洞窟のそばに急いでやってきた。ベニヒカゲは怪物の背に乗ったシノノメを見ると、烈火の如く怒った。
「おのれ! シノノメ。しぶとく生きておったか! ええい、ニシキギ。怪物ともどもあの女をやっておしまい!」
「はい!」
 ニシキギを見て彼が勇者であることを悟ったシノノメは怪物の背中から叫んだ。
「あなた。ハヤト族の……。勇者ね!」
「それがどうした!」
「ベニヒカゲにだまされないで! あなたの仲間がホデリ族の邑で待っているわ」
「うそだ! 勇者の印はハヤト族に降りるんだ」
 ニシキギは、シノノメの言葉に耳を貸そうとしない。
「そうだよ。ニシキギ。その女こそうそつきだ。うそつきの裏切り者なのさ!」
 ベニヒカゲが叫ぶと、怪物はベニヒカゲめがけて鋭いつめを振り上げた。
「グエェェェ、ギエェー(うそつきはおまえだ、ベニヒカゲ! 俺をだましやがって)」
 怪物にさせられたカササギは叫んだ。その心の声はベニヒカゲにも聞こえた。
「おまえ。まだ人間の心を!」
 それがシノノメの涙のせいだとはわからなかったが、カササギの心から人間らしさを取り除けなかったことに、ベニヒカゲは狼狽した。
「か、怪物め!」
 二刀流の手斧をかまえたニシキギが、ベニヒカゲをかばって怪物の前に立ちはだかった。その時、怪物はとまどったように動きを止めた。
「やめろ、ニシキギ。おれだ。カササギだ」
 怪物は首を振って叫んだが、動きの止まったその隙を逃さずニシキギは斬りつけ、右の足を傷つけた。怪物の声は、ニシキギには吠えているようにしか聞こえないのだ。
「ギャア!」
「ふん、今度は急所をはずさないぞ」
 再び手斧をかまえたニシキギに向かって、シノノメは必死で叫んだ。
「やめて、ニシキギ。この怪物はあなたの友だちのカササギよ」
「なんだって!」
「うそだ。だまされるんじゃないよ。ニシキギ」
 ベニヒカゲもヒステリックに叫ぶ。
「いいえ、本当よ。ベニヒカゲにだまされてこんな姿に!」
 シノノメのことばを肯定するかのように、怪物は二度頭を上下に振った。
「まさか?」
 ほんのわずかな疑いがニシキギの脳裏をよぎった。けれど、次の瞬間ニシキギはそれをうちけし、怪物に向かって手斧を振り上げた。
「やめてー!」
 シノノメの叫びが空しく響く。
 しかし血しぶきをあげて宙に舞ったのはニシキギの体だった。怪物は自己防衛のため反射的に爪を振り上げたのだ。だが、人間の時よりも数十倍の力をもっている。どんなに加減しても生身の体を引き裂くのはたやすいことだった。
 無惨にも地面にたたきつけられるニシキギ。左肩から袈裟懸けに切り裂かれ、かろうじて心臓はよけたものの、その傷は深かった。
「大変。ニシキギを助けなきゃ」
 シノノメが言うが早いか、怪物はニシキギの体をくわえると、背中にいるシノノメのそばにおいた。
「ええい! 殺せ殺せ。あの女もいっしょに殺せ!」
 ベニヒカゲがわめくと、手下数十人が一気に襲いかかってきた。シノノメの持つ力は、攻撃に転換することができないので、結界を張って防御するしかない。怪物はばたばたと翼を空しく動かしている。ただその羽ばたきで起きる風が手下をふきとばして、なんとか攻撃の手からのがれていた。
「うっ」
 手下の放った矢が、シノノメの肩をつらぬいた。もう結界を張る力も薄れてきたのだ。なにしろシノノメの力は持続力がなく、ツヅレ婆が送った気で一時的に増してはいたものの、瀕死の重傷を負っているニシキギの延命のために気を集中させているので、その消耗は著しかった。
(このままではだめだわ。お願い、がんばって!)
 シノノメの必死の願いがきいたのか、怪物は、ようやくうまく使えるようになった翼をはばたかせて、空高く舞い上がった。
「おのれ。シノノメ!」
 ベニヒカゲは地団駄ふんでくやしがった。
(このわたしが、あんな女ごときの力に及ばないなんて。そんなばかなこと! 見ておいで、シノノメ。必ずおまえを殺してやる!)
 ベニヒカゲは血相を変えて屋敷に戻ると、一番奥の部屋に引きこもり、壁の大鏡の前に立って叫んだ。
「アカマダラさま。お助けください! わたしにもっと力をください!」
 すると、鏡の中に大きな真っ赤な目がひとつ映し出され、こう言った。
「ベニヒカゲよ。あの怪物はシノノメの涙を飲んだのだ。だから、人間の心をなくさなかった」
「シノノメの? しかし、あんな神官程度の力では……」
「シラツユの気だ」
「シ、シラツユですって? 賢者の? あの生意気な小娘が!」
「ふふ、千年前、おまえは細胞のひとかけらになるまで、やられたんだったな」
 ベニヒカゲは、こみあげる怒りのあまり、顔を真っ赤にした。千年前の戦の時、勇者の援護をしたシラツユに、ベニヒカゲは術をすべて破られ、身動きできなくなったところを勇者に砕かれたのだ。今、そのときの惨めさがよみがえって、ベニヒカゲはぎりぎりと歯ぎしりをした。
「シラツユの気がずっとシノノメを守っていたのだ」
「そんな……」
「シラツユは百年前にめざめていた。姿をかえてな。まだまだおまえの数倍強い」
「アカマダラさま。どうかわたしに力を!」
「わかっておる。おまえの怨念を感じて、ちりになった細胞のかけらを探し出し、再生させたのはわたしだ。今まではほんのこてしらべ。わたしもそろそろ動き出すぞ」
「それはたのもしゅうございます」
 ベニヒカゲは落ち着きをとりもどし、一礼した。
作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ