綿津見國奇譚
五、ヒムカの独立宣言
ホデリ族の邑で、六人の勇者が修行に励むようになって、三年が過ぎた。
「新しい剣はどうだ? ヒムカ」
「すごく使いやすいよ。クサナギ」
ヒムカの手には、クシナダ族特有の大きな諸刃の剣が握られている。その剣は、刃身に聖霊石ルビーを埋め込んでいた。
ホデリ邑で採れる鉄は上質なので良い刃物ができる。勇者たちは武器を新しく作ってもらった。サクヤは弓の腕をめきめき挙げていき、精神的にも成長がみられた。シタダミはもともと石つぶてが得意だったので飛苦無を作ってもらい新しい武器とした。また、ホムラは自分の大鎚を、新しく作り直した。
「クサナギさま、一手お願いします」
シラヌイ(不知火)がやってきた。クサナギが腕を見込んだ賢子見習いの少年だ。本人もそれを自覚して、クサナギの一番弟子を自称している。同じくクサナギを慕うグレンは、シラヌイをライバル視していた。
「だめだ。ぼくが見てもらうんだから」
シラヌイの姿を見るやグレンが走り寄った。だが、シラヌイはすまして言う。
「君は槍の方が得意だろう。ヒオウギ(日扇)さまにみてもらえばいい」
「このごろは剣も使えるようになったんだ」
グレンも負けていない。と、そこにヒムカが口を挟む。
「だめだよ。クサナギはぼくの師匠だもん」
こうなるとやっかいで、三人でクサナギの取り合いになる。結局三人で組み合い、クサナギはそのすきに、ほかの弟子の稽古をつけるのだった。
しかし、三人ともそれぞれ刺激しあって腕はいっそう上達していた。ことにグレンとシラヌイは、ともに十八才ということもあって、良い意味でのライバル関係ができていて、シラヌイはグレンに、念力の使い方を教えたりもした。
「グレン。念力は生身の人間には衝撃が強いから、石にもっと力を込めて……」
「あの二人、仲がいいんだか悪いんだか……」
シタダミがあきれてつぶやくと、それを聞いたホムラはにこにこして言った。
「いいんだよ。きっと」
この三年の間に、六人は兄弟のような関係になってはいたが、ヒムカとシタダミは何かにつけてはことごとく対立した。互いに、サクヤの『兄』を自負していることからくる、感情のもつれだが、実の兄として、今まで離れていた分をとりもどそうとするヒムカと、赤ん坊の頃から、実の兄以上に接してきたシタダミとは、複雑な思いがからみあって、つまらないことでですぐにけんかになった。
ある時、二人でさんざん言い合った後、とうとうシタダミがこんなことを言い出した。
「へん。兄貴ぶったって、ヒムカはクサナギさんがいなきゃ何もできないじゃないか。実際、サクヤを守ってきたのはぼくなんだから」
「なんだと。君なんかに守られなくたって、ぼくがサクヤを助けにいったんだから」
「クサナギさんに抱きかかえられてたのは誰だっけ?」
ヒムカは顔を真っ赤にした。思わずこぶしを振り上げたとき、その手をおさえてグレンが割って入った。
「やめろ。ヒムカ。シタダミも言い過ぎだ」
「いいよ。ぼくはこれからクサナギに頼らない。なんでも自分でやる!」
ヒムカは独立宣言すると、部屋から出ていこうとした。そこへちょうどクサナギが入ってきた。すれちがいざまにヒムカは、クサナギにむかって強い口調で叫んだ。
「これからはぼくにかまわないでね。クサナギ」
小さないさかいはあるものの、六人の勇者は日々精進し、腕を磨いていった。こうして全ての準備が整い、最後の一人の勇者が現れるのを心待ちにしていたが、いっこうにそのようすはなかった。
しかし、ハヤト族の専横ぶりは日増しに目に余るようになり、マツラ族やイヨ族、ヘグリ族の中にはハヤト族の圧政に耐えかねて、トヨ族の新天地の島や、はるばるホデリ族の邑まで逃げてくるようになった。それも見つかれば死罪になるのを覚悟してでのことであり、それほど政治は乱れていた。
六人の勇者は二人一組になり、毎日交代で国中を見回っては逃亡者を助けていた。そんなある日、ヒムカとサクヤが組んで出かけたときのこと。
「サクヤ。だいぶうまく飛べるようになったじゃないか」
「もう、怖くはないわ。マツリカさんがいなくても大丈夫よ、お兄さま」
「そうか。じゃあ、ちょっと山の向こうまで行ってみるか?」
「え、あんな上空を飛ぶの? ちょっと怖いわ」
「むりなら途中で引き返してやるからさ」
ヒムカは急上昇して、北部山地の上空へ向かった。
「お、お兄さまったら」
自信がないながらも、サクヤはヒムカの後を追った。ヒムカがむかったのは、フサヤガ国だった。ワダツミの政治は乱れているもののまだ戦の兆しはない。けれど、ハヤト族以上にフサヤガの動きが気になっていた。
北部山地を越えると、目の前に広がるのは荒涼とした砂漠だ。サクヤは思わず身震いした。自分の育ったホオリ族の邑と、似ていたからだった。
「ここは……?」
「フサヤガのはずれだ。もう少し行ってみようか。ここじゃなんにもわからない」
「え、でも……」
「心配するなよ。このようすだと、まだ進軍の気配はなさそうだ。ほら、国境だってのに警備兵がいないじゃないか」
確かに、見渡す限り黄色い砂が続くばかりだ。二人はさら西に向かって行った。しばらく飛ぶと、かすかに城壁が見えてきた。フサヤガの町は、都市から僻地の村に至るまで、それぞれが城壁に囲まれた作りになっている。城壁の上に人影らしいものは見えなかったが、用心して二人は下に降りた。
「ふうん」
ヒムカは一通り見回すとゆっくりと頷いた。フサヤガの動きに、変わったようすはないのでひとまず安心したのだ。
「わかった。サクヤ、帰ろう」
ヒムカが飛ぼうとした時、城壁の方を見ていたサクヤがそれを止めた。
「待って、なにかこっちにくるの。人みたい」
「え、どこ?」
「ほら、砂丘の陰……。今、隠れちゃったけど。あ、見えた」
サクヤの言うとおり、ふらふらと動くものが近づいてくる。どう見ても兵士ではなさそうだ。二人は自ら近づくことにした。
「おーい」
ヒムカが呼びかけると、その人影は二人に気づいて足を速めようとした。しかしよろよろとおぼつかないようすで、ついに砂の上に倒れ込んでしまった。
「だいじょうぶですか?」
二人はかけよって声をかけた。ヒムカが抱き起こすとかなりの老人だった。やせてはいるが、がっしりした体格と浅黒い肌は、紛れもなくフサヤガ人だ。着衣は色あせてすり切れている。けれどかなり上等な織物で、それが身分の高さを想像させた。
「貴族……かな」
ヒムカは老人を岩陰に連れて行って休ませ、サクヤは水を飲ませてやった。
「あ、ありがとう」
老人はかすかに元気をとりもどし、小さな声で二人に礼を言った。
「なぜ、こんなところをたった一人で……」
老人は顔を上げ、二人をしげしげと眺めると、口を開いた。
「二人はクシナダ族の……王族の方じゃな。先の御上によく似ておいでだ」
「祖父をご存じなのですか?」
「ああ、よく知っている。わしはフサヤガの宰相……」
老人はそこまで言うと、気を失ってしまった。
「お兄さま、どうしましょう。とてもこの方を連れて飛ぶなんて二人じゃ無理よ」
「そうだなあ」
「クサナギさまに気を送って」