綿津見國奇譚
「ハアーッ」
ベニヒカゲのもとで、ニシキギとカササギは、気を操る技を習得しようと、日夜励んでいた。
ホデリ族であれば平常心を養い、判断力を培うことから始めるが、ホオリ族は違っていた。とにもかくにも相手を倒すこと、攻撃することに重きが置かれていた。だから初心者には面白い修行だった。なにしろふれずにものを落とすことができたり、高く飛んだりできるのだから。
しかも、なんの力ももたない人間に、ほんの少し気を分け与え、いかにも自分が力を持ったように錯覚させて格闘技を教えているのだ。もちろん二人ともそんなことは知らなかった。ましていずれそれらの人間がベニヒカゲの操る怪物にされるということなど……。
ニシキギもカササギも修行が楽しくてならなかった。ニシキギは石を体の中に持って生まれていたので、ベニヒカゲが気を送らなくても、それとは知らず操ることができるようになっていた。
二人は数十メートル先の的を気で落とす訓練の最中だった。脇腹のところで円い玉を持つように両手で形をつくり、それを体の正面に移動させて気を放つのだ。
「うまいなあ、ニシキギは。ベニヒカゲさまから同じ気を分けてもらったのに、俺はちっとも上達しないや」
「こうやってかまえるんだよ。カササギ」
「こうか?」
ニシキギが手をそえてやってみると、的はうまく倒れた。
「やった。やった。ありがと、ニシキギ」
それはニシキギの力のせいでもあったのだが、カササギは単純に自分の力だと信じた。そしてベニヒカゲはそんな二人を見て、カササギにはより強い気を送り、疑いをもたないよう細工することにした。
「カササギにはあとでしっかり働いてもらうからね。ニシキギと差がついちゃ困るのよ」
それにしても……とベニヒカゲは思った。ニシキギは確かに勇者なのに、体の中にあるはずの石が見えないのだ。それが現れればもっと強い力が発揮できるのに。
「ほんとにいっそ腹をさいてつかみだしたいくらいだ!」
ベニヒカゲは腹立ち紛れにそうつぶやいた。
「うふふ、ほほほ」
思わずシラツユはころころと笑った。
「何がおかしいのだ?」
アカツキが目を覚ました。
「だって、厚化粧の年増女が……」
「そんな品のない言い方はよしなさい」
アカツキは起きあがり、シラツユとともに泉をのぞきこんだ。
「ほう、ニシキギの石のありかがわからぬと」
「うふっ ヒステリーをおこしてますの」
「たしかニシキギの石は琥珀だったな。やはり体の中にある」
「それもグレンやホムラのように体の一部として存在しているわけではありません」
「うむ。体液が空気に触れなくては……」
「ええ……石にならないのです。かわいそうですが……」
「天も時にはそんないたずらをするか」
「はい、それも敵に勇者を育てさせるなど……。手がこんでいます」
「まあ、せいぜいベニヒカゲにはがんばってニシキギを育ててもらおう」
アカツキは、またシラツユの膝をまくらに横になった。