綿津見國奇譚
今の王ハマクグはシタダミの叔父にあたる。けれどシタダミは叔父が大嫌いだった。ホオリ族の地に暮らしていても、叔父ハマクグの治めるワダツミ国では、ハヤト族以外の民がどんなに虐げられているか知っていたからで、実際、ここにくる前にヘグリ族とイヨ族の地を通ってきたが、彼らの生活は何と貧しく悲惨だったことか。思い出すだけで背筋が寒くなり、叔父への怒りがこみ上げてくるのだった。
それに加えて、ハマクグの母に対する態度を見るのも嫌だった。実は、ハマクグは昔からシノノメに横恋慕していたのだ。シノノメを前にすると、顔を赤くして薄ら笑いを浮かべ、媚びへつらうように猫なで声を出すのだ。だから、時折宮廷に誘われても、何かと理由をつけて辞退していた。
八年前の戦の真相を、シノノメはシタダミに語ってはいない。義弟のハマクグに疑いをいだいてはいるものの、確証はなかった。だから息子に話すのをとどめていたのだ。それは不用意に人を恨んだり、憎んだりさせないためでもあった。
しかし、ハヤト族の間では、王位をクシナダ族だけの世襲にしようとしたのをハヤト族がふせいだ正義の戦だったという噂が流布していた。カガシラの暗殺も、王位独占を知られたクシナダ族のしわざということになり、いつのまにか、ハマクグが真犯人だという噂は消し去られていた。そのため、クシナダ狩りが正当化されてしまったのだ。
シタダミは、母に幾度か父の死について尋ねたことがある。けれど噂は嘘だと言うのみで、満足のいく答えは得られなかった。
かつて父のいた宮殿に立って、シタダミは感慨無量だが、父が志半ばで命を落としたかと思うと無念でならなかった。そして親族を失ったサクヤの悲しみを思うと、勇者としてこの国を再び統一させ、真の平和のために力を注ごうと決意したのだった。