綿津見國奇譚
「そうですよ。でも、うぬぼれてはいけません。ホオリ族があなた方を生かしておいたのは、あなた方を蹂躙して、自分たちの味方にさせようとしているからです。傲慢さや実力以上のうぬぼれは、ホオリ族の思うつぼ。彼らは、人の心の隙をとらえてあやつるのですから。今はまだの石の力は弱いので、幼いうちにあなたがたを洗脳しようとしていたのです。それがわかっていたから、わたしはサクヤさまの心を守るために、ここに来たのです」
「わたしが勇者……」
サクヤは心細げにつぶやいた。
「これは天の意志です。いいですか、ふたりとも今からお逃げなさい。そして東に進んでホデリ族の邑に行くのです」
「だったら母さんも一緒に」
「いいえ、わたしは追っ手がいかないようにここで防ぎます。元は神官。邪悪な者を排除する結界をはるくらい、まだできますよ」
「でも、シノノメ。わたしたちが逃げたらあなたの命が……」
「だいじょうぶです。シタダミ、しっかり頼みますよ!」
「母さん!」
「迷ってる暇はないの! 早くお行きなさい。時が来たらわたしも必ず行きますから」
シノノメは強い口調で叫んだ。
こうして、サクヤとシタダミは、ことの次第をよく飲み込めないまま、シノノメの手引きでホオリ族の邑を抜け出し、長い旅に出たのだった。