GOLDEN BOY
俺、学生んときずっと飲み屋でバイトしててさあ。気付かないうちに物価って上がってるから昔は時給八百円以上のバイトってなかなかなくてね。マックで働いて六百五十円とかそのぐらいだったと思う。で、俺の実家、工場やってたんだけど、実はブラジャー工場なんだけどね。ほら、いまどんな服買ってもさあ、メイドインジャパンってタグに書いてある服なんかないじゃん。だいたいチャイナとかタイランドとかでしょ。つまり俺が大学に入った頃から日本の縫製工場ってどんどん暇になってって、当然俺の実家も儲からなくなってったわけ。だから仕送りも他の奴みたいにいっぱい貰えなかったし、そもそもみんながやるようなバイトってしたくなかったからさ、時給八百円のカラオケスナックでバイトし始めたわけ。今もあるのかな。分かんない。もうないんじゃないかな、どうだろう。あの頃はちょっと郊外行くとどこの駅前にもカラオケスナックがあったんだよ。カウンターに五席、四人掛けのボックスが三つか四つぐらいの店に女の子四人みたいな。でね、なんか俺、大学にまるで馴染めなくてさ。中学も高校もずっとそうだったんだけどほんとの友達がいないんだよ。ぜんぶ自分のせいなんだけどね。サークルとか入ってみたけどすぐ馬鹿らしくなっちゃってさ。で、ほとんど毎日バイトしてたわけ。お店の女の人ってほとんどおばちゃんばっかだったけど、たまに若い子もバイトしててね。そっか、アイコちゃんもキャバ嬢やってたんだ。へー。でね、結局大学四年までずっと水商売やってたんだけどさ、二年の終わり頃かな、めちゃくちゃ可愛い子が入ってきてさ、好きになっちゃったわけ。痩せててさ、色白で、ちょっとハーフっぽい顔してて。ううん。違う、その子の子供でもないんだよ。話長くてごめんね。で、俺も若かったから好きってすぐ顔に出ちゃうじゃん。みんなにバレバレでさ。で、店終わってからその子も含めた何人かで飲んだ帰りに、ほらどの店行ってもチーママっぽい立場の人っているじゃん、その人がうまくセッティングしてくれてその子を家まで送ってったわけ。バイトのボーイと店の女の子をくっつけようとするチーママなんていまじゃ考えられないかもだけど、そういう時代だったんだな。でも結局キス止まり。その子、春になって田舎帰っちゃった、長野県だけどね。で、落ち込んでさあ。残念会みたいな感じでチーママと店の人何人かで飲みに行ったら酔っ払っちゃって、その時に一緒にいた入ったばっかりのバイトの女の子をアパートに連れて帰ってやっちゃったんだよ。それがさっきの子のお母さんだよ。え? まさか、そんときに出来たわけじゃないよ。その後二年ちょと付き合ってたからね。そう。やっちゃったら好きになっちゃったんだよ。
酔っぱらってたけど何も憶えてないわけじゃなかったから朝起きて失敗したなと思ったんだけど、横で口開けて寝てるの見てたらさ、何かカワイイな、なんて思っちゃったわけ。学年一つ上なんだけどね。あの子もう三十九か。あ、やべ。サバ読んでたけど俺、三十八歳。なんか今日は余計なことばっかししゃべっちゃってるな。
誕生日聞いたら、馬鹿の日に生まれたって言ってた。四月一日生まれでエイプリールフールだから。知ってる? 四月一日までが一つ上でもし一日遅く生まれてたら俺と同級生なんだよ。ま、そんなことどうでもいいか。ああ、俺ももうすぐ三十九になっちゃうよ……。で、その子普段は何か工業用の機械とか作ってるわりとでかい会社の契約社員でさ。スナックはたまにバイトって感じで来てたんだよ。母子家庭でさ、お父さんはどっかいっちゃったって言ってたな。え? アイコちゃんの家もそうなんだ。でね、とにかく面白い子でさ、って言っても冗談言ったりするわけじゃないんだよ、何て言うか、天然っていうのかな、ナチュラルに面白いんだよ。って言っても分かんないよね。例えば……、そうだ、客でたまにヤクザっぽい人とか来るじゃん。その頃よく来てたお客さんで太っててさ、パンチパーマで細い眼鏡掛けたおっさんがいてさ、愛想も悪いから他の女の人とか嫌がってあんまし近付かないんだけど、その子気付いたらそのおっさんのことトトロって呼んでてさ。まあ確かに似てるんだけど普通言わないじゃん。で、言われた方も何でか分かんないけど怒らないんだよ。そんな子。あとさ、いっしょに寝てて朝になるでしょ。で、俺は学生だからなんもなきゃ昼過ぎまで寝てるじゃん。で、起きたらその子、俺の横でまだ寝てるわけ。平日なのに。で、その頃携帯とかみんな持ってなかったからさ、俺の家の電話から会社に電話するんだけど彼女がすいませんって言った直後に笑い声が漏れて聞こえるわけ。で、電話切った彼女に大丈夫なの? って聞いたら、明日はちゃんと来いよって笑われたって。そんな子。
ごめん、話がまわりりくどくて、そろそろ本題に入るよ。でね、彼女しょっちゅう俺に言うわけ、別れるって。たぶん全部で五回ぐらい言われたかな。
最初のときはびっくりしたけどさ、上手くいってると思ってたのになんでだよって。で、理由聞くと決まって他の男と遊びに行ったからって言うわけ。そんで、セックスしたのかって問いつめるとそれはやってないって。でもどう見ても嘘吐いてるって顔でバレバレなんだよ。どう思う? やってないわけないよね。で、俺も腹立つからさ、いいよ、別れようってことになるんだけど、実際一人になると寂しいじゃん。で、寂しいなーって思ってると来るわけ。家に。やっぱ別れるのやめたって。
悪い子じゃないんだよ。ま、悪い言葉で言えばサセ子なんだけどさ、頼まれたら断れないんだよ。で、俺もひどいとは思いつつ憎めないんだよね。まあ、俺もたまには浮気してたし、まあいっか、もう浮気すんなよって感じで。それが何回もあるわけ。で、俺、卒業してCMのプロダクションに入ってさ、初任給が手取りで十一万だよ。毎日徹夜で。そんときにまた言うわけ、別れるって。そんでまたセックスしたのかって聞いたら。今度はごめんって謝るわけ。で、こっから先はちょっと重たい話なんだけどさ、何でそんときに限って白状してんのか気になって問い詰めたら子供が出来たっていうわけ。もうショックだよ、仕事忙しくて寝てないしさ。浮気相手の子なのかって聞いたらたぶんそうだって。で、今度こそ終わりなんだと思ったら泣けてきてさ。今までありがとな、楽しかったよって言って別れたわけ。
作品名:GOLDEN BOY 作家名:新宿鮭