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GOLDEN BOY

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 それは五秒から十秒の間ぐらいの短い時間。でもその数秒間には、ドカベン一話分ぐらいの密度があった。頭の中のクエスチョンマークが、ビックリマークに姿を変えようとする。
 まさか。
 僕は何も言えず、ただ目の前の少年を見た。彼も何かを確かめるように、じっと僕の顔を見ている。
「すいません。いきなり来ちゃって」
 少年が先に口を開いて、沈黙は終わった。
 何と応えていいか分からない僕は、曖昧に頷く。
 高校生だろうか。
 似ている。
 どこか一部が、ではなくて、全体的に。
 例えば……、合コンやキャバクラで、芸能人の誰に似てるっていわれる? なんてくだらない質問をして、うーん、最近だと一番よく言われるのが長澤まさみかなー、なんて答えが返ってきた時、心の中で呟く「って言うか……長澤まさみを百万発殴った後みたいな顔だな」の、逆。目の前の少年の顔は、百万発殴られる前の僕の顔みたいで、明日にでもアイドルになれるような美少年だった。
「迷惑でした?」
 少年の澄んだ目が、僕の心を探る。
「いやぜんぜん」
 他に答えが浮かばない。口の中が、カラカラに渇いている。
「もう分かってると思うけど、たぶん俺、息子っす」
 頭の中の記号が完全にビックリマークに変わった。
「ああ、そうだよね」
 キャパシティーを超えた脳が、ストライキを起こしかけている。じんと痺れた意識の中に思い出の断片が次々と現れ、次々とトラックバックしながら消えていく。
 やはり、いたんだ。
 僕よりも十センチぐらい背の高い少年が、ドアの隙間で背中を丸めて言う。
「帰った方がいいっすかね」
「いや、大丈夫。入って」
 僕は慌ててドアを全開にして、少年を玄関に招き入れた。
「でもいいんすか? 彼女? 違うかな……。そこに来てますよ」
 少年がちらりと見た方に首を伸ばすとデリヘル嬢。アイコはローションやらイソジンやらバスタオルやら化粧ポーチやら名刺やら割引券が入っているであろうバッグを両手で持って、不思議そうに僕達を見ている。
「あ、どうも」
 口に出してから、自分で呼んでおいてどうもじゃねえだろと恥ずかしくなった。こんなことならデリヘルなんか呼ぶんじゃなかった。なんて後悔しいてる余裕はない。そうだ、キャンセルしよう。キャンセル? そんなことをしたらこの場で、この状況で、キャンセル料を手渡ししなければならない。その行為は、誰がどう見たってデリヘルのキャンセルにしか見えないだろう。自然に振舞おうとすればするほど脇の下から不自然な汗が噴き出してくる。
「俺、また出直しますよ。すいません間が悪くて」
 少年は肩の近くまである柔らかそうな髪を掻き上げ、ごく自然に微笑んだ。
「え? ほんと? じゃあ……、ちょっとだけ、60分で打ち合わせ終わるから時間潰しててよ。マンション出て左に行って青梅街道左に曲がった所にデニーズあるから。終わったらすぐ行く。好きなもん食べて待ってて」
 もうボロボロだ。動揺する僕を利発そうな切れ長の目で見詰めて、彼は言った。
「そうしよっかな。じゃ、後で」
 アイコに軽く会釈して少年は視界から消えた。彼の動きは洗練されていて、すらりとした後ろ姿の残像が暫くの間、目の奥に残った。
「カッコいい子だね。モデル?」
 気が付くと、アイコがハイヒールを脱いでいる。僕は無理に笑顔を作って全く噛み合ない返事をした。
「……ひさびさ」




「じゃっ、打ち合わせ始めよっか」
 アイコはそう言って悪戯っぽく微笑むと僕の右乳首を丸く舐めた。僕は苦笑いを返しながら、意外に面白いことを言う奴だなと思った。彼女を呼ぶのはこれが四度目で、愛嬌はあるけれど特別美人でもない自称二十三歳の彼女を四回も呼んだ理由は、毎回追加料金なしで確実に本番をさせてくれるからだ。アイコの舌が左乳首に移り、僕の唇に戻ってきた。何でこうなってるんだっけ?
 不景気になって仕事がなくなって不安になってケチになって自殺したくなって発狂しそうになってた所で何とか仕事が一本入って、そうなったらなったでこんな鬱のまま子供向けテレビゲームのCMなんて撮れるのかと不安になったら誰かと話がしたくなったけど雑談出来る相手なんていなくて、だったら会話も出来て性欲も満たされるデリヘルを呼んでやろうと思って予約。掃除して風呂入って着替えて準備万端でドアを開けたら息子、の可能性が滅茶苦茶高い少年が立っていて焦っている所に最悪のタイミングでデリヘル嬢登場。パニックで頭が爆発しかけたけれど何とか問題を先送りにしてレロレロされてる。
 高速で僕の口の中を動いていたアイコの舌が止まり、嫌らしい音を立てながら唇が離れた。
「なんか今日は元気ないね」
「そんなことないよ」
 と言いながらもアイコの手の中にある僕の一物は、小さいままだ。胸板の真ん中から臍の穴、左右の腿の付け根を這ったアイコの唇が、遂に陰茎を含む。普段なら射精までの時間を少しでも長引かせようと、八十九歳で死んだ曾おばあちゃんのことを想像したりする僕なのに、今日は必死で嫌らしいことを考えている。そんな気持ちを察したのか、アイコは上目遣いで切な気に僕を見ながら、応援のくちゅくちゅ音を盛大に立てる。ありがとうアイコ。僕は頑張るよ。目を閉じて、舌先の感触に集中する。
〈もう分かってると思うけど〉
 闇の中に少年の顔が浮かび、僕は慌てて目を開ける。
〈たぶん俺、息子っす〉
「ごめん……、なんかやっぱ無理みたい」
 そう言うとアイコは申し訳なさそうに口を離した。シーツは彼女の努力の跡で濡れ、まるで寝小便した後のようだ。
「ちょっと……、悩みがあったりとかして、俺のせいだから気にしないで」
「うん、分かった」
 アイコは愛嬌たっぷりに微笑んで、僕の頭を撫でた。僕は一回りも年下の彼女を少し好きになった。
「さっきさあ」
 左腕が、彼女の肌に触れている。女の子の体は、なんでこんなに柔らかいんだろう。僕は彼女の太腿の上で、ラインストーンの付いた小さな手を握った。
 話し出したら、もう止まらなくなった。




 さっきさあ、高校生ぐらいの男の子いたでしょ。そう、入れ違いで出てった子。あの子さあ、実は、たぶん俺の息子なんだよ。そっか、びっくりだよね。俺もびっくりしてるくらいだからね。ええと、たぶん俺が二十二歳のとき生まれてるはずだから、うーん、三十八引く二十二で十六。一歳になるまでの一年引いて今十五歳か。信じられないな。え? そう。知らなかったんだよ、ついさっきまで。ちょっとだけ長い話になるけどいい? 時間余ってるしね。迎えの車が来ないとどっちみち帰れないんでしょ。
作品名:GOLDEN BOY 作家名:新宿鮭