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GOLDEN BOY

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 もし僕がミュージシャンなら注文なんかなくたって音楽をつくればいいし、小説家だったら文章を書けばいい。スチールカメラマンだったら作品を撮りに街に出ればいいし、それらのことは全て、その職業にプラスになるだろう。でもCMディレクターの仕事は、注文がなければどうにもならない。ナイキやサントリーのCMを勝手に考えて作って持って行っても相手にされるはずもない。じゃあ脚本を書いて映画を撮ろうと思っても、撮影機材や照明機材、それ以前に各パートのスタッフや俳優がいなければ撮影にならない。せっかく時間があるのだから、何か仕事の役に立つことをしたいけれど、どれだけ考えても作品集のDVDを焼く事ぐらいしか思い浮かばない。作品集に入れて恥ずかしくない新作は一本もなく、目の前の棚には既に、年末に作った行く宛のない作品集が三十枚も積み上げられて埃を被っている。多分、今日も僕は、何もしない。
 狂いそうだ。
 CMにオンエアー期間があるように、ディレクターにも賞味期限があって、僕のそれは、もうとっくに終わっているのではないか。商品カットばかりが矢鱈長かったり、ナイトシーンなのに昼間並みに明るかったり、何らかの『事情』が見え隠れする駄作ばかり作るようになったのは、いつからだったろう。
 気を紛らわせようとテレビを点けると、僕じゃない誰かがつくった新作CMが流れた。チャンネルを変えると、不況のニュース。逃げ出すようにベランダに出て、次々と通りに飛び降りていく半透明な自分の連なりを眺めながら、今日二本目の煙草に火を点けようと石を擦った瞬間、僕はびくりとしてライターを握り締めた。部屋の中で携帯電話が鳴っている。ただそれだけのことで。




「ツイてるツイてるわっはっは」
 電話を切った後、小躍りした。掛けてきたのはフリーになる前に働いていた会社の先輩で、今は大手の制作会社に移った中村さんと言うプロデューサーだった。依頼された仕事は子供向けのテレビゲームのCMで、撮影するのはたったのワンカットかツーカット。ほとんどが実際のゲーム画面で構成されるものらしく、時勢柄当然低予算。数ヶ月前なら断っていたかもしれないしょぼい仕事だったけれど、取り敢えず真っ白だったスケジュールが少しだけ埋まったことで胃袋の中の鉛が少し溶けた。これはきっと、不景気を抜け出す予兆に違いない。そう思おう。きっとそうだ。「来週の火曜ぐらいに打ち合わせしてその週のうちに演出コンテ。撮影はその後十日置いて来月の頭で、来月の十日には完パケって仕事なんだけどスケジュール空いてる?」。そう言われて「たぶん大丈夫っすよ」と応えた僕に何の予定もなかったことを、中村さんは勘付いただろうか。まあいい。
「わっはっは」
 笑うのだ。笑って福を呼び込むのだ。
「ツイてるツイてるわっはっは」
 ツイてるのは誰だ? 僕だ! よし、煙草を喫おう。え? もう空っぽ? さっき弁当を買うついでに買っておけばよかった。よしっ。買いに行こう。そしてシンさんに言うのだ。本来なら、もし先輩からの電話がなかったとしたら、間違いなく今日一番の長台詞になるはずだった台詞を。

「ケントワンの長い方二つください」
 ネイルアートどころかマニキュアさえ塗っていないシンさんの指が、僕の前に正しい商品を置く。
「こちゅらでよろしいでしょうか?」
 決して美人ではないけれど生真面目そうな彼女と、少し話がしてみたい。でも、もう三時過ぎだと言うのに寝癖頭で歯も磨いていない中年の僕にそんな資格はなく、フルーツゼリーを持ったOLと入れ替わりにこそこそとレジを去った。
 誰かと思いっきり話したい。
「あー。あー。あー」
 赤信号を待つ間、まわりに誰もいないことを確認して声を出してみた。人と話さない日々が続いたから、声帯が細くなった気がする。
 部屋に戻った僕は、携帯電話のアドレス帳を弄って話し相手を探した。
「元気? あ、そう。俺? まあまあかな、最近暇だったけど来週から一本仕事入ったし。まあそんなバジェットでかい仕事じゃないけどこのご時世仕事選んだりしてる場合じゃないからさあ。うん。まあ、来月の半ばにはまた落ち着くからその頃一杯飲みに行こうよ。うん。うん。そうだね。今週はまだ落ち着いてるから明日とかでもべつにいいけど」
 誰にも繋がっていない電話に話し掛けながら、アドレス帳をスクロールする。ア行、イ行、ウ行……、ワタナベさんが三人続いた後、そこには誰もいなくなった。当たり前だ。この数ヶ月間で何度同じ事をしただろう。いないのだ。話し相手がいたらとっくの前に電話している。渡邊渡辺渡邉。微妙に漢字の違うワタナベトリオのスクロールを、一体何回見ただろう。
 仕事の電話は掛けるものではなくて、掛かって来るものだと思い上がっていた。だから自分から自然に誘える仕事仲間は、誰一人としていない。普通のサラリーマンを小馬鹿にして自分から距離を置いている内に、学生時代の友人とも縁が切れた。数人いた女友達も、セックスしたりしそこなったりを繰り返す内に体目当てで気のないことがバレてしまい、今では誰も相手にしてくれなくなった。もっといい女が現れるはずだと期待している間に、僕は独身の四十男になろうとしている。
 テレビを点けて、またすぐに消した。消したら急に寂しくなって、CDをかけた。ファンカデリックのフリーユアマインドが流れ出す。ハッピーなんだかアンハッピーなんだかどちらとも付かない精神状態にトリッピーな音楽が加わって、少しだけ気が紛れたついでに、体でも動かしてみるかと腹筋をして五回でやめた。
 目を閉じて考えるのは、自分への言い訳だ。
 僕にはリハビリが必要だ。来週の打ち合わせまでに、この精神状態を元に戻さなくてはならない。そのためには、お金を払ってでも誰かと話さなきゃならない。
 その目的を果たすにはデリヘルを呼ぶしかない。

 エディ・ヘイゼルのギターに顎先で乗りながらポータルサイトの読み込みを待つ。現れた検索画面に、SWEET PARADISEと入力し、スペースの後、デリヘルと続ける。風俗店特有のポップな書体の見慣れたトップページが現れる。無駄遣いはやめようと決意してブックマークを消したのに、僕の指先は簡単に情報を探し当て、もう出勤表にアクセスしている。
 いた。
 アイコは、今夜八時からの出勤。いつからそんなサービスを始めたのか、出勤後一番目のご案内は三千円割引とある。不況だからか? きっとそうだ。不況もたまには、いい事をする。デフレ万歳!
 開いた携帯電話の液晶画面は、アドレス帳のままになっている。三人のワタナベさんの後。ワ行に続くアルファベットの頁。その中のSWEET PARADISEにカーソルをロックオンする。
 いま電話すれば、割引で入れるかもしれない。
「リハビリだ」
 潰すように発信ボタンを押し込み、僕は鼻の穴から大きく息を吸った。




 山と畑。田んぼと川。外壁の煤けたスーパーマーケット。個人経営の本屋や化粧品屋。三色のサインポールが壊れて回らない床屋。何の特徴もない、簡単に人に説明しようと思ったら、『何もない田舎』としか言いようのない裏日本の小さな町で、僕は生まれた。
作品名:GOLDEN BOY 作家名:新宿鮭