小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

こんにちは、エミィです

INDEX|8ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

忍び寄る飴の気配 #4


 先に飛んでいたはずのカンカンは、私が辿り着いたとき、ひどく落ち着いた様子でいました。
 建物はいつもの通り、四角いままで佇んでいます。高床なんですけれど、下の空洞部分には、鉄の塊がいつものように整然と並んでいました。いえ、数は、まばらかもしれません。窓からは人の影が伺えます。

「火事でも天変地異でもない。中もいたって変わりない様子ですぞ。先ほど、あの男に追い払われたところです。あの占い師の早合点かもしれませんな」

 翼の内側をくちばしで器用にかきながら、私の肩でそう囁きました。
 先ほどまで彼女を信じた自分を恥じるように。

 けれども私はとてもそんな気にはなれなくて、カンカンを肩に載せたまま、鉄の塊が並ぶところの奥へ入りました。

「ややっ」

 カンカンが驚きに翼を広げ、近くのパイプの上に留まります。
 彼の視線の先――今朝方まであったはずのカンカンの寝床が、きれいに無くなっていました。

「お嬢さま、これは……」

 急いで入り口へ向かいました。こちらの世界では頻繁に見かける、透明度が高い扉が横に開き、エントランスへ入ります。昨日、大松さんに話しかけていた年配の殿方が、受け付けのところにおりました。
 いらっしゃいませとにこやかに述べ、しかしすぐに顔を曇らせます。
 遅れてカンカンが入って来たからでしょう。

「お客さん、困りますよペットは」

 ペットじゃありません。
 普段なら、そう返していたでしょう。
 けれども私は何かどきどきとした気持ちでいました。未逆さまの警告は、間違いじゃない。そんな予感が、強くありました。

 けれども言葉が出て来なくて、代わりにまた、その殿方が口を開きました。

「あれ、あの荷物は? 駅のコインロッカーにでも入れました?」

 言われてる意味が分からなくて、首が自然と、わずかに横に振れました。

「荷物は、今朝、預けたんですけれど……」
 やっと、声が出ます。
「ん? 無かったよ? 大松くんに渡しました?」
「いえ、大松さんはいなかったので、言付けで……」

「おかしいな」
 殿方はため息をもらし、宙を見上げました。
「大松くんね、今日の午前中でここ辞めたんですよね。もう荷物も引き払ってるし、仕事の引き継ぎも終えてるから、もう来ないと思うんだけど――」

 どういうこと?

「って、ちょっと、困るよ!」

 私は彼が話し終わらないうちに、動いていました。
 ついたての向こう側へ。
 昨日通った、細い通路の脇にある棚の前へ。

「ない……」

 灰色の簡素な棚には、いくつものカバンが並べられていました。けれどもその中に、私のカバンはありません。ドレスをほどいて作ったお洋服を沢山詰めた、私のカバン。

 ――いい生地だね、これ。
 大松さんの声が耳元でした気がして、思わず缶を棚に投げ付けていました。
 蓋が外れ、中身がこぼれ、いくつかのコインが散らばって、その様はまるで、今の私の心を代弁しているかのようでした。沢山の感情がうごめいて、今にも私という殻から飛び出してしまいそう。

 お洋服が欲しいのでしたら、そう言って下されば……
 いくらでも差し上げましたのに。
 いくらでも、お作りしましたのに!

「お嬢さま、これは、どういう――」

 深く息を吸い込んで、でも、それでも、どきどきと全身を駆け巡る強い衝動は抑えられなくて、唇を噛んで、眉間に力を込めて、必死に必死に堪えました。

「あのお」

 殿方が何かを言っています。

「一応、貴重品は自己管理となっていますので……あ、一応、大松には連絡を入れてみますがね。彼女はもううちの子じゃないし、そのう、ま、昨日も言いましたけど、うちはそういうサービスはやってなくてですねえ……」



 それからのことは、よく覚えていません。
 気付いたら、見たこともない小さな広場で、四人掛けの椅子に座っておりました。未逆さまの言葉が蘇ります。――ここはあなたが思っているほどきれいな世界じゃありません。……

 辺りは暗くて、カンカンはしきりに何かを話しかけてくれていたのですが、恥ずかしいことに何も耳には入りませんでした。

 私の静寂を破ったのは、雨。

 木々の葉を、雨粒が激しく打ち始めました。


作品名:こんにちは、エミィです 作家名:damo