こんにちは、エミィです
忍び寄る飴の気配 #2
いっくんは椅子を驚くほど小さく畳んで、先立って歩き始めました。
一体、どなたを紹介していただけるのでしょう。
いっくんといると、色々な方と出会える気がしてなりません。
以前も、山田太郎という殿方とお知り合いになりましたし。
そんなことを考えていると、不意にいっくんがこちらを振り返りました。
「そういえば山田太郎とは連絡取ってないの?」
まあ!
ちょうど、私と同じ方のことを考えている。
こういった不思議って、とても楽しいですわ。
「ええ、しばらくは普段通りに生活をしていてくれとのことでした」
「ふーん、ピンハネしないのかな?」
「ぴんはね?」
「そのお金をさ」いっくんは、私の手の中にある缶を指差します。「管理してくれるんじゃないのかな、普通」
普通? こちらの世界では、すかうとされると、お金を管理して頂けるのでしょうか?
「よく分かりませんけれど、私が自己紹介をしたら、頭を抱えておられました」
「えっ? 自己紹介って……」
「何も偽ってはおりませんのに」
「偽ることなく話したのですが――」
突然カンカンが缶の上に降り立ち、とうとうと語り始めました。
――カンカンが缶の上にって、なんだか面白いですわねっ。
「山田太郎殿はお嬢さまの言葉もワタクシの言葉も耳に入っておられないご様子でしたな。ま、仕方のないことでございましょう、ワタクシたちは異世界から来たのですから。なかなか受け入れてもらえないことは、承知の上でございます」
彼の語りを聞いて、私もそのときの様子を思い出しました。
窓がたくさんある建物の中で苦い飲み物を口にしながら、こちらの世界に来た経緯を話した途端、太郎殿はとても怪訝な眼をしたのですわ。
あちらの世界にいたときから知ってはいましたけれど、想像以上に、こちらの方は異世界に対してあまり免疫がないのかも……。
そういえば、こちらから私たちの世界に来たという方は、不思議と聞きませんわね。私もこちらの世界に生まれていたら、きっと、異世界のことなどに思いを馳せる間もなく、過ごしていたかもしれません。
だって、とっても楽しいんですもの。
「カンカン、言葉が過ぎますよ」
「ワタクシは本当のことを申したまでですぞ!」
「いっくんのように、受けれ入れて下さるかたもいるではありませんか。私たちは、そういった方を大切にすれば良いのです。旦那さまだって、私を理解して下さるかたの中にいるはずですわ」
大松さんや、エー介殿のように。
二人の顔が順番に思い浮かんで、私はとても安らぐ思いでした。
そういえば昨夜中に仕上げたものを、出て来るとき、荷物と一緒にお店の人に預けたのですけれど、そろそろ大松さんは見ているかもしれません。喜んで下さっているかしら。
私が身につけている服をきれいだと褒めてくれて、自分で仕立てたことを話すと、とても感心した様子で。
――私も欲しいな、こういうの。
――お金に困ってるならさ、ちょっと、バイトしない?
そう言って下さったのがとても嬉しかったから、喜んで下さっていたらいいな。
でも、頼ってばかりではいけませんものね。
自分で管理出来るものは、しっかり管理しなければ。
「このお金、どうすればいいのかしら?」
「預ける場所がないなら、分けて持ったりとか」
「分けて?」
「エミィ、そのスカート、ポケットある?」
「スカートにはありませんけれど、こちらに」
上から羽織っているカーディガンの内側を広げました。
カンカンのエサを入れておりますの。
「そこにお札を入れておけば、缶を盗まれても平気だろ」
「なるほど! いっくん、とても賢いですわ」
「いや、エミィが何も知らないんだよ……」
「いいえ、右も左も分からない人間に、親切に出来る人はそう多くありません。いっくんには、とても感謝しています」
話しながら、早速私は缶の蓋を開け、中から紙のお金を何枚か抜き出して、仕舞いました。
「ま、今日紹介する人もきっと力になってくれるよ」
そういえば、いつもならカンカンが話し出すのを嫌うのに、さっきはじっと聞いて下さっていたのですわ。本当に、なんて親切な方なんでしょう。
いっくんが紹介して下さるのなら、きっと、大当たり、ですわ。
「とても楽しみですわ」
「ほらもう着いたよ。この公園にいるんだ」
いっくんは、歩いて来た道の脇に広がる広場へと足を踏み入れました。
私もそれに続きます。
たくさんの木々が並んでいて、普段歌っているときの広場とはまた赴きが違う感じがします。
――あらら?
いいえ、間違いありません。
私、ここを知っています。
まさか……
まさか……
「姉さーん、未逆姉さーん!」
いっくんが声を上げると、
「ぎゃあっ」
叫び声がしました。
声のしたほうを見ると、ソファ……にしてはとっても簡素な、けれどもソファ……に形だけはよく似ているものの影から、こちらを覗いている方がいるではありませんか!
「未逆姉さん、何してんの。いつもはすぐ顔出すのに……」
「なななななな、なんですか、彼女は。どうして連れて来るんですか? 一登くんはバカですか? あ、ごめんなさい! そういうつもりで言ったんじゃないんです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
「やっぱり! とても会いたかったですわ!」
私は手を大きく広げ、ソファ……のことなどおかまいなしに、思わず飛びついてしまいました。
「お名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか? あ、私はエミィランミラミィエル。エミィで結構ですわ。あなたに頂いたこのネックレスには、大変助けて頂きましたの。ずっとお礼を申し上げたかったのですが、この場所を捜し出すことが出来なくて」
ひとしきり喋って、再びぎゅっ。
この感動を言葉で伝えるなど、到底無理ですわ!
作品名:こんにちは、エミィです 作家名:damo