こんにちは、エミィです
忍び寄る飴の気配
忍び寄る飴の気配 #1
「あら、いっくんではないですか。おはよう」
「いっとさま、おはようございます」
翌朝、向こうの明かりが見える短いトンネルのところで、いっくんに会いました。この上を、ごうごうと列車が走り抜けるので、とてもうるさい場所です。
いっくんと会うのは、これで3回目。
さすがにカンカンも、いっくんの前では大人しくしています。何度も注意されていますからね。あちらの世界の占い師の物言いにそっくりで、私、笑いそうになってしまいますわ。
「ああ、おはよう、エミィ」
いっくんはとても小さな椅子に座っていたのですけれど、わざわざ立ち上がって挨拶をしてくれます。
「座る?」
「ご親切に、どうも有難う。でも大丈夫ですわ」
「では、ワタクシが……」
「鳥には言ってない」
カンカンが私の肩から椅子のふちに止まろうとしたのを、いっくんは椅子を動かしてかわします。その軽やかな手さばきに、思わず笑みがこぼれてしまいました。
「実は心配だったんだ。あれから調子はどう? 生活出来てる?」
いっくんは日陰に入って、手招きしました。
さすがにそれには従いましょう。
カンカンは一回りして、近くの身の丈以上ほどもある四角い鉄の塊に止まりました。
「ええ、順調ですわ。ほら」
私はそう言って、缶のふたを開けて差し出します。
そう、初めて路上で歌ったその日、投げられた金銭が意味するところを教えてくださったのは、いっくんなのです。この世界で初めて会話をしたのも彼ですし、何か強いご縁があるのかもしれません。
「うわ、エミィ、こんな大金を持ち歩いちゃだめだよ」
「え? だめですか?」
「だめだめ、危ないなあ。スられたらどうするんだ」
「すられる?」
「盗まれるってこと。お金はほら、銀行とか……。えっと、どこに住んでんの? ホテル?」
「あちらの……」私は曖昧に方角を指差します。「ネットカフェに」
「ネカフェ!」
いっくんは、見て分かるほどに肩を上げたあと、瞬時に落としました。
どうしたのでしょう? 何か、問題があるのでしょうか?
「エミィって、観光で来てるの?」
「ええ」
と答えて、でもカンカンがこちらをじっと見ているのに気付きました。
「――と、旦那さまを探しに」
カンカンもまんざらではなさそうなのに、細かいんだから。
「旦那さま?」
「こちらにいると、占い師の方がおっしゃったので」
するとまた、いっくんは大きく肩を落としました。
今度は、しかも、ため息つき。
「エミィ、そりゃ嘘だ」
「嘘?」
「占いなんて当たるわけないじゃん」
「まあ……」
私は思わず笑ってしまいました。
こちらの世界は、あちらの世界と比べて占いがポピュラーなのだと思っていました。だって夜になると、沢山の占い師の方々が、路上で座っているんですもの。テントも構えず、簡素な椅子とテーブルだけで。
けれども信じてない方も、いらっしゃるのですね。
「何がおかしいんだよ」
「失礼しました。でもいっくんて、そういうの、信じそうですけれど」
そう言っていっくんが首から下げているネックレスを指すと、彼は「あっ」という顔をしました。
私が持っているのとそっくりなネックレス。きっといっくんも、あの灰色の女性から頂いたのではないでしょうか?
「それでは今日は、このへんで。なんだか、たくさんお喋りしてしまいましたね。また、お相手して下さいね!」
「あ、待って! エミィ」
いっくんは日陰から出ようとした私の手をつかんで、迷いのない口調でこう言いました。
「紹介したい人がいるんだ」
作品名:こんにちは、エミィです 作家名:damo