こんにちは、エミィです
路上アイドルにファンレター #2
気持ちを込めて歌っているときというのは、大抵、集中しているとき。それが、何かの拍子で途切れてしまっては、建て直しがなかなか利かなくなるものです。少なくとも私は。
だから視界の端にカンカンの姿を捉えたとき、思わず、口をつぐんでしまいました。
カンカンは、私の従者です。
鳥なのですが、ただの鳥ではありません。強大な力を持つ、魔鳥です。
人間の言葉を解し、私のことを誰よりもよく知ってくれています。
全身が黒い羽で覆われていて、こちらの世界だとカラスと似ているかもしれません。けれども大きさは、鳩くらいでしょうか。鳩よりもほっそりとしていますけれど。くちばしと首周りのお肉のところが黄色くて、とってもチャーミングなのです。
カンカンは私が歌っている間、警察が近くにいないか見張ってくれているのです。
その彼が、近づいてきた。
これは、気をつけろと、警告を意味するのです。
楽器があるわけでもなく、他にコーラスをして下さってる方がいるわけでもなく、その場はシンとした静寂に包まれてしまいました。私、慌てて続きを歌ったのですが、集まって下さった方々もなんだかどこか醒めたような顔をしておられて……、うう、不甲斐ないことといったらありません。
でもね、カンカンが動揺を与えるからいけないのです。
ということに、しておきましょう。
歌い終わった私は集まって下さった方々に挨拶をし、地面に置いた缶の入れ物――初めてここで歌ったとき、ずっと耳を傾けて下さっていた人たちが、お金を投げて下さったのです。一体何の儀式なのか、まったく検討も付きませんでしたけれど、その後、ある方が缶にお金を入れてくれて、その金銭は私の歌声への賛辞なのだと教えて下さいました――を拾い上げ、カンカンの元へと急ぎました。
早くここから立ち去らなくては。
そう思っていたのですが、あらら、何か様子がおかしいですわ。
細い路地のところ。カンカンが、なんと一人の殿方と一緒にいるのです。
警察ではありません。少なくとも、私が知っている警察の方ではありません。そして何より、二人は親しげにお喋りをしているではありませんか。
もしかしてカンカン、私があまりにも旦那さま探しを放りだすものだから、勝手に連れて来てしまったのかしら?
そんな予感が過ぎりました。
けれども、
「まあ!」
近くまで行って、改めてその殿方を前にし、私は息を呑みました。
そして、先ほどの予感は、ただの杞憂であると悟ったのです。
見上げるほどに高い背と、ほっそりとした、けれどもたくましさも感じられる身体。全身が黒く、各所に走る金色のライン。鋭い眼差しと、おちゃめな襟足。さわり心地の良さそうな、顎の下……。
「この方、カンカンにそっくりね!」
ついつい興奮してそう言うと、殿方は少し驚いた顔をして私ほうを振り返りました。
「そうでありましょう、お嬢さま。けれども彼は残念なことに、人間なのです」
「あら、人間とそっくりで、何かご不満? 私、とってもすてきだと思うわ。どこでお知り合いになったの?」
「先日、ちょっとお見かけしましてな」
カンカンは、何故だか得意そう。
「今日は仕事で」
殿方は口の端を持ち上げて、手に持った紙の束を差し出しました。
「まあ、手紙をわざわざ?」
「路上アイドルにファンレターだ」
「路上アイドル?」
「お嬢さまも、有名になりましたな」
どっさり、という表現がぴったりなほどの量は、私があちらの世界で頂いた全てのお手紙を合わせても足りないくらい。
「じゃあ、確かに届けたから」
「あ、お待ちください、ワタクシにも貴方のお名前をお聞かせ下さい」
立ち去ろうとする殿方の背中を、カンカンが私の肩から呼び止めました。名前を交わすだなんて、やはりよっぽど気に入っているのでしょう。カンカンにもこちらでお友達が出来れば、早く旦那さまを作って早く帰れと、あまり言わなくなるはず。
こちらの鳥は人語を操る鳥がいないようなので、実は少し心配しておりました。カンカンは、魔鳥の中でも特別にお喋りなため、あちらの世界でもたくさん友だちがいたのです。こちらの世界で喋り相手が私だけだったら、とても退屈なのではないか、と……。
でも心配ご無用だったみたい。
まさか、人間のお友だちを作るとは思いませんでしたけれど。カンカンの好奇心は、私より勝ると見ましたわ。
「エー介。二階堂英介。多分また、そのうち届けに来るから」
上半身だけで振り返って殿方はそう言うと、またくるりと身を翻し、こちらに背を見せたので、
「エー介殿、ありがとう」
その背中に呼びかけるように、慌てて声をかけました。
エー介殿は歩きながら少しだけ振り返り、手を振って応えてくれました。
「なんだか、疲れているご様子ですわね」
「そうでしょう、あの方は、私よりも速く飛びますからな」
「まあ、あなたよりも速く?」
「馬よりも速い」
「馬よりも!」
私が驚いていると、カンカンはすっと街路樹のほうへと飛び立ち、さあ行きましょう、と先を促します。
ここは、もうすぐ警察の方が、パトロールに来る時間。確かにあまりゆっくりしていると、また、きょうせいそうかん、させられてしまいますわ。
それにしてもカンカンったら……。
なんて、嬉しそうな顔をしているのかしら。
「ねえカンカン、どうしてあなた、得意気なの?」
「……」
「カンカン、無視しないで頂戴」
「……」
「ちょっと、お肉を触らせなさい」
「あまり話していると、怪しまれますぞ、お嬢さま」
作品名:こんにちは、エミィです 作家名:damo