こんにちは、エミィです
路上アイドルにファンレター
路上アイドルにファンレター #1
「こんにちは、エミィです」
そう言って微笑むと、集まった人たちが一斉に声を上げました。
私の耳には、わっという音で聞こえます。それぞれ言ってることは違うのでしょうけれど、混ざり合って、それは言葉としての機能を果たさないのです。
けれどもその音は、言葉以上に私の心に響きます。
とても強く。
「いつの間にかこんなに人が集まっていて、驚いてしまいました。でも今日は、警察の人がもうすぐ来られるので、あと1曲で終わらせていただきます」
お腹に力を入れて、大声でそう話す。
みんな私の声に耳を傾けて、話し終えるとまたわっとなる。
人間の世界にやって来て、もう何日が経ったのでしょうか。
何日も経ってないと思うのですけれど、目まぐるしい毎日で、何が今日あった出来事で、誰が昨日会った人なのか、さっぱり分からないのです。
色んなことがありました。桜のネックレスに毒リンゴ、公衆おトイレ、コンビニ、警察、きょうせいそうかん。鏡から覗き見ていた地球と、こうして実際に目の当たりにする地球は、まったく別の世界のように感じられます。
私は異世界で、占い師に「運命の相手は地球にいる」と言われてこうしてやって来ました。ずっと憧れていた、自由で豊かな地球に旦那さまがいるなんて、運命かしら? 何度もそう思いました。
あんな窮屈で、貧乏な暮らしは、本当はとてもイヤだった。
憧れの地球。
だた、旦那さまを探すだけで終わるわけには行きません。
存分に、楽しまなくては!
けれどもこの世界に降り立って、すぐに桜のネックレスを頂けたのは、本当に幸運でした。何かお導きがあったのではと、そう感ぜずにはいられません。またあの灰色の女性に会いたい。会って、お礼を言いたい。あの方にこのネックレスを頂かなければ、私はこうして生活していられなかったでしょう。
だって……
だって……
地球の道って、凄く狭くて入り組んでいて、すぐに迷ってしまうんですもの!
こうしてネットカフェとこの広場を安全に往復出来るのも、すべてはこのネックレスのおかげ。私はこれが無ければ、この世界で縁深い土地を見つけ出すことは、不可能だったと思うのです。
ありがとう、名も知らない、ロテンショーさん!
気持ちを込めて歌い上げる。
もし近くにいたら、この歌声が届いたりはしないかしら――最初のうちはそんな期待もしていたけれど、今はそんなこと言ってられないくらい、私は地球というものを知ってしまいました。もちろん私の世界でもそれは言えたことなのですが。
そう、
……MONEY……
世の中、金!
悲しいかな! 悲しいですけれど!
私は生活のために歌います!
だってこれが現実なんですもの!
むしろ路上で歌うだけでお金がいただけるなんて、とても感動いたしました。私は吟遊詩人でも何でもないと言いますのに……。
宮殿で拝見したことのある彼らの真似をして、持って来た衣類の中から、なるべくそれっぽいものを選んで、こうして歌っているのです。なんだか騙しているような気持ちにもなりますけれど、ひもじさには変えられません。
それに、色々と、お褒めの言葉も頂いておりますのよ。
私、あちらの世界では自分でお金を稼いだことなんて一度もなかったのですけれど、こうして自力で生活するって、それだけでわくわくしますのね!
作品名:こんにちは、エミィです 作家名:damo