こんにちは、エミィです
彼らとこの世界で巡り会う #3
3.
集まった人たちが一斉に声を上げました。
私の耳には、わっという音で聞こえます。それぞれ言ってることは違うのでしょうけれど、混ざり合って、それは言葉としての機能を果たしません。
もし機能を果たしたとしていても、それは意味を伴って今の私には響いてこないでしょう。
けれどもそう、これ以上の音は、きっとない。
手拍子は止み、しんと静まって、私はすっと息を吸い込みました。
あちらの世界の歌しか、今は歌えませんけれど――。
懐かしい、歌。子どものとき、宮殿で吟遊詩人が歌うのを真似て、歌っていた。あの頃より、上手く歌えているかしら。あの頃より、大切に歌えているかしら。
ある国のお姫さまと、大海を挟んだ国の王子さまの、恋の物語。
とても好きだった。
言葉が通じ合わない二人は互いが互いを好いていて、互いに自分の国の言葉で想いを語るのに、まったく正反対の意味で伝わってしまうのです。
集まった皆さんは、静かに耳を澄ませています。
私の言葉は、正反対の意味どころか、まったく無意味な音でしかないというのに……。
そのとき視界の端に、あるものを捉えました。
気持ちを込めて歌っているときというのは、大抵、集中しているとき。それが、何かの拍子で途切れてしまっては、建て直しがなかなか利かなくなるものです。
だから、必死で堪えましたわ!
――カンカン。
まったく、あなたって人は……。
今までどこにいたというの?
まさか、警察の方が来ないか、見張っているのかしら?
きれいな美しい黒い翼を広げて、大空をこちらに向かって飛んでいます。その口には、何かが咥えられているようでした。重いのかしら、とても不安定な飛び方をしています。
私は空を見上げて歌い終わりました。
広場が静寂に包まれたかと思った次の瞬間、また、わっという音で支配されます。
拍手が起こって、みんな、口々に私の名を呼びました。
そんな中、カンカンが上空から咥えていたものを落とします。
リンゴ。
真っ赤なリンゴですわ。
いっくんのものでしょうか?
私はそれを落とさないようにキャッチして、反射的にかじりついていました。とても咽喉が渇いていたから、その甘みはすっと身体に沁み渡っていくようです。
するとどうでしょう。
みんなの声が、意味を伴って、私の耳に飛び込んで来ます。
「最高だった!」
「何日もいなくて、寂しかったよ!」
「まて来てくれてありがとう!」
「もう一曲だけ、聞かせてくれ!」
ああ……
なんてこと。
こんなに沢山の言葉が、私に向かって投げかけられていたなんて。
空を見上げると、カンカンが遥か高いところで滑空していました。まるで、私を見守っているかのように。
私は顔を俯かせました。
涙を払います。
みんなが見ている。
笑顔でなくてはなりません。
顔を上げて、一呼吸。
にっこりと微笑みを作って。
「――こんにちは、エミィです」
わっという音が、再び私を包み込みます。
作品名:こんにちは、エミィです 作家名:damo