PLASTIC FISH
B-side13.記憶の扉(2/5)
「名前は、高階桂(たかしなけい)」
「たかしな?」
「そう。皮肉か知らないけれど、あなたと同じ……まあ、あの子の場合は日本に滞在するための一時的な偽名だったけれど」
よほど話しにくいのか、真が両手の指を組みもてあそんでは次の言葉をためらっている。
あるいは、どこから話したらいいのか迷っているのか。どちらにせよ、その表情は決して明るいものではなかった。
「同じよ」
「え?」
「髪の色、髪形、顔に瞳の色。背丈もそう、今のあなたほどだった。そのコートをいつも着ていて、マフラーをいい加減に巻いていて」
「……」
コートがやけにくたびれて、長い時間を感じさせたのはこれが答えだった。
少し語っただけの今でも、わかる。真にとって桂という人物が、どれだけ大事なものだったか。どれだけ失いたくないものだったか。
複雑な思いに、京の胸が締め付けられた。
「小さいくせに、態度はでかくて……怖いもの知らずで、自信だけはこれでもかとあって、なんて愚かで無謀な人の子だろうと最初は思った」
「……」
「けれど、違った。あの子が持っていたのは、無謀さじゃなくて、もっとまっすぐで強いものだった。なにから、話したものかしら……」
黒い手袋に覆われた指が、頬の周辺をどうしたものかと迷いさまよっていた。
軽く息を吸う。
千年、つまり永遠にも近い時間閉ざされていた記憶の扉が、今開かれた。
――いつかの、冬だった。
自身を蝕む孤独に耐えながら、それを自己暗示により押しやることで生き長らえていた真は、吸血鬼としてはまだ若い方だった。
国という国をさまよい、辿り着いた日本のかたすみ。
そこで新たな出会いを果たすことにきっかけなどいらなかった。
吸血鬼は狩られるもの、抵抗するもの、追われるもの。
吸血鬼を狩るハンターは吸血鬼を退け危害を加える存在であれば潰すこともいとわないもの、追うもの。
真の前に現れた双子の姉妹は、現地人ではなく異国の人だった。いや、厳密に言えば人ではなかったのだが。
一人は、オリーブグレイの髪を長く腰まで伸ばし、温和な笑顔ながらも得物として倭刀を手放さなかった、沙耶という名の、姉。
一人は、姉と同じ色の髪だが、長さは肩にも届かぬ短さ。神経質で無愛想な表情で何ものをも恐れぬ強さを持った、桂という名の、妹。
姉妹は半人半鬼、元々は吸血鬼であったが今の器は人間のものであった。ハーフでもなければ、どちらの生き物でもない。
だが、真はそのことに当初気が付かなかった。刃を交えるたび人間にしては速く打たれ強いと思っていたが、ハンターという裏の職業に属する人間は吸血鬼を殲滅するためならどんな手もいとわない。
別段、明かさなければならない疑いではなかった。
「……だから、私は油断した」
言葉を選びながら、慎重に語り続ける。京には相槌をうつより他に、何もできなかった。それを横目で確認しては、また真はぎこちなく言葉を続けていく。
「桂には心の奥底を覗く力があってね、まあ、暗示能力は吸血鬼によって様々だからそんな器用なことができても不思議じゃない」
「……覗かれたの?」
「ええ、見事に。私の全てが崩壊していく瞬間だった。だって、己を隠し、孤独を押し込み、自分の弱さだけは知られまいと生きていたんだもの」
――完全にパニックを起こし、傷も深く逃げ出した真は、運がいいのか悪いのか人間に命を拾われる。
傷を癒すのに、五年。新たに刻まれた心の傷をふさぐのに、五年。十年もの歳月が立っていた。
再び独りになった真は、何の因果か同じ吸血鬼に追われることとなる。潮時か、という時その双星児は現れた。
もちろん、真と同様、十年前と変わらぬ姿で。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴