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PLASTIC FISH

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B-side11.運命の人(3/3)



「樹さん」
「みやちゃん――」
「私は、この人をともに生きます。人間を、人間の世界を、今ここで捨てます」
樹はまだ、出会って日が浅いからまだいい。
家族はきっと、娘が突然いなくなって、そのまま二度と帰らないという事実を受け止めきれず――母の泣く姿が、京の心に一番に浮かんだ。
別れを言うべきか、黙って去るべきか、迷った。
だが、それは今考えるべきことではない。目の前の樹は、なんて言ったらいいのかわからないと複雑な顔をしていた。

「……そっか。みやちゃん、遠くに行っちゃうんだ。似たものを持っている気がして、これから仲良くなれそうだって思ってたんだけどな……はは」
「……」
「嫌だよ」
「樹さん?」
「そんなの、いきなり言われて受け入れられるわけない。人間の世界を捨てるって、どういうこと? 寝てるわけじゃないよね、みやちゃん?」
樹が、突然自らの感情をあらわにしはじめた。
現実に抵抗している。当たり前だ、京を抱きしめているこのヒトガタが化け物だなんて、思いもしないだろう。
樹にとっては、突然現れた泥棒猫に狙っていた獲物を盗まれた気分だろう。いや、思い込みでひどいことを言うかもしれないが、
結婚式の当日に、純白のドレスを着た花嫁を突然来た知らない誰かにさらわれていったような――ありえない話でもない。
「はい、そこまで」
真が口を開いた。きりがない、これ以上続けても人間はうろたえ面倒なことしか起こさないとふんだのだろう。
京を掴んで離さない手に手袋ごしの細い指がそっと触れ、直後には手首を握り、眼前へと樹を引き寄せる。前のめりにころばんとする樹の体を、空いた手でぴたりと止めてみせた。
いやでも目が合う。
「悪いわね、すんなり受け入れてくれればこのままでもよかったのだけれど。あなたは拒絶しているようだから、ちょっと失礼するわね」
「……はな、離せっ!!」
「京」
激しい抵抗をし、入れられるだけのありったけの力を使って蜘蛛の巣を抜け出そうとする樹。だが、糸はからまるばかりで一向に解けない。
そんな中、真の目が樹から京に向けられた。
「真、まさか樹さんを殺す気じゃ……」
「そんな必要もない。けれど、今からこの子の中にある、あなたに関する記憶を全て消すわ。いいかしら」
「……」
いいかしら、とさらっと言われても困る。人ではない、吸血鬼の力ならそれも可能なのだろう。
記憶を消す。
つまり、今まで積み上げてきたものが全て、いや、自分は覚えていても、樹の中からは消える。適当な記憶を上書きし、不自然のないように細工するのだろう。
――頼めば、両親の抱く自分への記憶、思い出も消してくれるだろうか。
京は、口を開く。現実に震え、涙をぽろぽろと落としながら。こんなに情を持った人間ではなかったはずなのに、不思議とその涙は止まらない。
「ええ……できれば、あとで私の両親にも、そうしてほしい」
「わかった。辛ければ、目を閉じていなさい。すぐに終わるから」

――目を閉じていなさい。
そうは言われても、京は従えなかった。自分は今から起こる全てを受け入れなければならない、見る義務がある、そう思ったのだ。
まばたきして見つめた時にはすでに、樹の瞳はうつろなものになっていた。真のやさしくも残酷な声が、暗示の糸をたぐり紡ぐ。
「そう、それでいい……あなたは、高階京なんて人間は知らない。お眠りなさいな、目覚めた時にはまた日常がはじまっている」
うつろなその両目が、閉じる。樹は意外とまつ毛が長いのだな――などと、場違いなことを京は感じていた。
ふっと倒れる樹の体を、真が軽々と受け止めた。立ち上がり、京を見る。
「私はこの子を自然な場所に置いてこないとね。あなたは家に帰りなさい、これが最後の帰宅になる。次の夜まで、自由になさいな。動ける?」
「ええ、骨は折れてないみたいだから……」
よろよろと立ち上がる京。体中に痛みは残るが、歩けないほどではない。おそらく見えない場所にはアザが浮き出ているだろうが、見られなければどうということもない。
「では、次の夜までお別れ。今度こそ最後になる長い夢よ、忘れたくないならしっかり覚えておくことね」

――世界が、反転する。
その瞬間まで、秒読みの中高階京は夢を見ることを許された。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴