PLASTIC FISH
B-side11.運命の人(2/3)
「大丈夫」
一歩一歩倒れている京に近づきながら、真はそう繰り返した。
呆然としているしもべの上半身を起こし、抱く形になる。まわされた手のやさしさが、今の京には涙がこぼれるほど嬉しかった。
来てくれた。
今まで応えてくれなかった、いてほしい時にいてくれなかった大切な人が、自分の呼びかけに応えてくれた。
「……真」
痛みを忘れない腕が、そっと真の頬をなでる。その手に自身の手を重ね、真は鬼とは思えぬ柔らかな表情で、言った。
「ごめんなさいね、あれは私が片付けそこねた荷物。それを、何も関係ないあなたに背負わせてしまった。苦しい思いをしたでしょう」
「ええ、でも、構わない……こうして、助けに来てくれたじゃない……」
「あなたをはじめて、あの夜に見つけた時と同様……時間がかかってしまった。けれど、もうそれも終わり。これからはそばにいられる」
ああ。
ずっと待ち続けて、よかったと思った。真という人でないものを、信じてよかったと実感する。
と、ここでふと京の頭に疑問が浮かんだ。同時に、後ろめたいそんな疑問を。
「真、あの……指輪、壊してしまったのだけれど」
別に自分が望んで叩き壊したでもなし、後ろめたいことはないのだが――何故か、京の言葉はためらいがちなものになってしまった。
「いいわ」
「え?」
あっけない返事に、驚く。
指輪は、見る限り相当のアンティークものに見えた。つまり、古い。細かい細工などはないものだったが、それでもそれなりの値がつくものではないのだろうか。
「あれは桂の持ち物だもの。あなた、つまり京には必要のないものだわ。壊れて、逆によかったかもしれない」
「……真?」
「壊れたことで、なんだか……別人として、受け入れられる気がしてきたから」
「まこ、」
名を呼ぼうとしたが、聞こえてくる慌しい足音に京の言葉は不自然に途切れた。
「みやちゃんッ!!」
坂の上から現れたのは、樹だった。その姿を見て不思議そうな顔をする真、反応はあまりいい調子のものではない。
何か言いたそうな顔をしていたが、京を一瞥して、黙り込んだ。
どうやら、京の友人だということを理解したようだ。だからこそ、人間が入れないよう張った結界の中でも平気に動き回っている。
そして、様子を見ることにしたらしい。
「樹、さん」
「今、いや、さっきすごい大きな音がしたから……体が軽くなってから、急いで走ってきたんだけど……」
息を切らせる樹が、京を抱きかかえている人物を見る。
「みやちゃん」
声が、硬いものになった。次の言葉が予想できずに、迷う京。大きな音に反応して、走ってきた先には無事な姿でいる大事な人。そして、その人を抱きかかえる知らない誰か。
背後には、外れてしまって欠席しているフェンス。
「……これは、」
どこからどう説明したものだろうか。迷ったまさにその瞬間、樹は駆けよりそのまま乱暴に京の手をとり引っ張った。
「みやちゃん、えっと、よくわからないけど……うまく言えないけど、ここにいちゃダメだ! この人のそばにいちゃいけない、この人の目は普通じゃない!」
「ちっ、違うわ! 真がフェンスをこうしたんじゃなくて、私を助けに……それで」
「違う、そんなことじゃない! この人は……いや、違う! これは、人間じゃないッ!!」
「あら」
人間じゃない、という言葉を聞きつけ、真がやっと声を出し反応らしい反応をしてみせた。
「あなた、私が見えるの。人間のくせに珍しい」
京を抱く手は離さないままに、愉快だと微笑む。
「みやちゃん、こっちに……」
「京」
両者が、京に判断をあおぎ見た。
引っ張られ、抱きとめられ、彼女は体が痛いということを訴えることすら許されない。選択の時が来たのだと、ついに門をくぐる時が来たのだと、覚悟した。
「……っ」
「どちらを選ぶの、京? いいのよ、あなたがどう言っても」
「……い」
「うん?」
「みやちゃん……」
もう、考えはもとより決まっている。
ひときわ大きく息を吸って、呼吸を整えた京は――答えを出した。
形なき門を、くぐった。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴