PLASTIC FISH
A-side15.あるべき場所へ(2/3)
アダムとイヴについては、紆余曲折しながらも確実に前へと進んでいた。
だが、自我というものは生まれる分にはいいが作る分にはなかなかに難儀する。例えると、ここを正せば、そこに異常が出る。
そこを直せば、また別の場所が異常を訴える。その単純なデバッグだけで数年は要したのではないだろうか。
おまけにパーツは、大事な部分が損傷した日にはなかなかに大変な事態となる。人間には重過ぎるカルマが、ここで罰を与えているように思える。
あるいは、人間を試している。どこまでのぼりつめるか、イカロスのように手を伸ばした矢先に地に落ちるか。
人工知能は、今現在五体のアンドロイド及びガイノイドに埋め込まれている。生身に入れ込むには、リスクが高いゆえの暫定的な処置だ。
子どもを模したものであるため、持ち歩きにも便利である。
単純なパターンの集合体かと思えば、なかなかにあなどれなくなってきた五体の未来は、どこにあるのか。
考えれば、当初の計画とはかけ離れてきたような気がする。
機械化が主になってからは人間を切り刻む必要もなくなり、臓器は人工のものを作り出すただのモデルになりはてた。
不思議なもので、人間に改造を加えようと思うと、いもづる式にあれもこれもと取り替える必要が出てくるのだ。
まったく、神はとんでもないものを創造したものだ。
明るい未来のための希望いっぱいのロボット計画、今はそう言ってもいいのかもしれない。
メンバーがだいぶ入れ替わった影響もあるとはいえ、本当に、隠す必要がないほどに今は限りなく無害なものだ。
業を背負い、未来に待つ絶望と向き合おうとした先人達が得たのは、損ばかり。
人間はまだ、ロボットに殺されるべき時ではない。
本当にだめになってしまうまで。
地球が人間の生存を許さない世界になるまで、人は生きていられる。
壊れてしまうなら壊れればいい。滅びるのなら滅びればいい。
人間があれこれ手を回さずとも、生き残るものは出てくる。氷河期を耐える存在はいる、いなければ地球という星はそこまでだ。
「……ふう」
時計を見る京。まだ時間はあまりある、同居人の樹はお昼を買いにと先ほど出て行ってしまった。
掃除はあらかた済んでいるが、さて、どうしたものか。
少し眠たい。
考える――たとえば、これからの身の振り方。今の仕事もいつまで続くか怪しいものだ。
アンダーグラウンドな領域を離れてからは、給金も少なくなった。暮らせないわけではないが、京としてはまだまだ何かしら働いていたい。
それこそ、体が動かなくなるまで。
「……」
目を閉じ、壁にもたれる。そう温度を感じさせない壁は、たやすく京を受け入れた。
遠くで車の走る音が聞こえる。
クラクションが鳴っている。
掃除機の音。
人の声。
ここは、昼の世界。
「帰って、きたのか……」
呟く。
あれから、何百年経ったのか。姉さん、世界は停滞してしまったかのように変わりなく――
「うん、帰ってきましたよ」
――妨害され、考えにノイズが走った。今、何を考えていただろう――京は思い返すが、わからない。
仕方なく現実へと意識を戻し、顔を上げると荷物を持ったままの樹が立っていた。変わらない笑顔が、なぜかなつかしく感じる。
「おかえり」
「ただいま。よし、今日は包丁で手切らないぞ。焦がさないぞ、やってやる」
「……」
いつまでも出来合いのものに頼るわけにはいかない。自炊をはじめた二人は、その難しさに十年経った今も苦戦している。
家に帰れば母が教えてくれるのだが、そんなこともわからないのかと呆れられ初歩の初歩から教えてもらうこととなり、申し訳ない。
元々こういったものには無縁で不器用な二人だ。
最初の方こそ一歩間違えれば大惨事だったが、今はさすがに人並み――ではないが、まあ、下の上といったところである。
「何を作るの?」
「野菜炒め」
「年越しそばの材料買ってきた? あと、雑煮のも」
というか、年の暮れはお店は開いているのだろうか。いまだに疎い京だったが、年中無休とうたう店もあるからあるのだろう。
そういうことにする。
そうしないと、樹が買ってきた大量の食品が犯罪めいたルートで入手されたことになる。映画の見すぎかもしれない。
「……」
上着を脱ぎ台所に向かう樹を目で見送った後、京は一つ軽いため息をついた。
また、終わり、またはじまるのか。
この場所で、ずっと。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴