PLASTIC FISH
A-side15.あるべき場所へ(1/3)
富岡樹という人間が、紀水城という人間を自らの鎖から解放し決別してから、はやいもので十年が経とうとしていた。
正直ながらも素直でない同居人の京とは、その間何度も衝突を繰り返してはぎこちなくまた仲を取り戻す。
意見の食い違い。価値観の違い。その時の機嫌など、理由をあげようとおもえばいくらでも浮上してくる。
だが、それでも二人の繋がりは深いままそこにあった。
人間だ。
嬉しいことがあった時には、二人で笑う。
悲しいことがあった時には、二人とも沈み込んでしまい重い空気が流れる。
怒りを覚えるような時には、嘘をつかない、表情に出る二人なので衝突したりしなかったりと、様々である。
あるべき姿。
あるべき関係。
別れの時間を現実はカウントダウンし続けるが、それでいい。
片方が失われたとて、残された一人も百年せずに後を追える。また会える。孤独を覚える時間など、長く感じるだろうが過ぎれば短いものだ。
少なくとも、人あらざるものと比べれば。
「京、そっち持って」
「はいはい」
時は年末。大掃除するほど部屋に物はないし、汚くもない。だが、この時期外に出るのはどうにも二人の意に反するらしく、談義した結果大掃除をすることとなった。
「おばちゃん、ぎっくり腰にならないでね」
「あら。四つも五つも年上の貴方に言われたくないわ。もうすぐ繰り上がるんでしょうに」
「はは、お笑いだよな。二人ともあっという間におばさんになっちゃったよ」
「五十や六十の人が聞いたら、怒るわよ。それ」
そして二人、笑ってみせる。
十年前の体力こそなく、だがそれでも家具のひとつ持てないほど老いてはいない。まだまだ人生は残っている、こんなところでへばってはいられない。
外見上も、そう大きな違いは見られなかった。細かく見れば違うのだろうが、街に出ればまだ二十代に間違えられなくもないだろう。
「あー」
家具を移動し終わるなり、壁を背にしゃがみこんだ樹。だらしない声をあげ、疲れたとばかりにタオルで汗をぬぐう。
「疲れた?」
「いや、なんか座りたくなっただけ。なんかさあ、新年って本当につまらないよね」
「まあね」
この十年、そのつまらなさを打破すべく映画を借りて見たり普段考えもしないところに出かけてみたりもしたが、いまいちな結果に終わった。
今年はどうするか、と樹は言っているのだろう。
「雑煮はまあ作れんこともないとして……ああ、先に年越しそばがあったな。ああくそ、材料買いにいくのめんどくさい」
ぐで、と樹の姿勢がだらしのないものになる。新年なんて待たなくても来るのだからいいじゃないか、と思いつつも日本のしきたりとも言える流れについつい乗ってしまう。
いっそのこと季節を無視して花火でもするか、と思ったがそんなものはストックしていない。この季節売っている――わけがない。
「インスタントでいいじゃない」
「そういう事言うと成人病予備軍になるんだぞ、京くん。君の両親はまだ健康だからいいけどね、あれ? そういや家から何も連絡ないよね?」
「いつもないわよ。まったく、別々に暮らしはじめたらこれだもの。ひっきりなしに電話がかかってきたのは最初の一年だけだったわ」
「よし、京んちで全部食べさせてもらおう。おせちも用意してるだろうから、ごろごろこたつの中でダメ人間を満喫できるぞ」
「あのねえ……」
樹は、学生時代後半にはもう両親がいなかった。
そのせいか、高階家と交流を持ち始めてからは、やたらめったらと両親と意気投合し仲良く接していた。
ありがちな見合い結婚の話も出ない。父も母も、同性同士の付き合いというものを理解してくれているのだろうか。そうだとありがたい、京は心の中ひとりごちた。
というわけで、二人で家に戻ると、まるで樹が姉になったかのような錯覚に陥る。
母が樹を見る目は、時折おばちゃん特有の美形発見センサーが反応したようなそんな目になるが――まあ、かまうまい。
初対面からそういった風だったので、慣れたといえば慣れた。樹も樹で否定しない、だからいいのだ。
「私は行かないわよ。家に行くなら、一人で行って」
「え? なんで?」
「年末年始くらいゆっくりさせてよ。あと、今日仕事あるから」
「仕事っつっても、大半は待機させてる人形の動作チェックして相手してやるだけだろ」
「……まあ、そうなのだけれど」
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴