PLASTIC FISH
A-side14.月のない夜に雨は降る(3/4)
全部見るのは外道だ。
一枚目だけを見て、やめよう。京は黙って目を通しはじめた――さすがに、音読するほど厚かましくはない。
「……」
文章のテンションの高さに、少しめまいがした。若者というのはえてしてこういうものだが、若さのパワーは改めてすごいと感じる。
差出人は司ちゃんという――多分、まあ、字と内容からするに女の子だろう。
内容に触れるならば、それは京にはどう形容していいものか全くわからないものだった。
樹への思慕が、ただひたすらに思いの向くまま書き連ねられている。
「……」
いわゆる、ファンレターというやつだろうか。改めて、どう形容していいのか、京にはわかりかねる。
答えを仰ぐべく隣でへたれている樹を見ると、もう嫌だとばかりに片手で頭を抱えうつむいていた。
「あー、えっとね」
「学生時代、勉強にバイトに追われていたと聞きましたが……」
「ああ、それはね。そういうのやってたの、大学の後半だから。なんかやけに私を気に入ったらしい先輩にギターもらったんだ。それがきっかけ」
恥ずかしそうに、弁明する。その先輩というのがその道の人で、髪の色が会うたびに変わっていたそうだ。
大学にもファンが押しかけてくることがたびたびあり、そのつど追いかえすのが大変だったらしい。
隣にいた樹は男友達と思われていたらしく、女であると気付いたファンはごく少数だったようだ。幸いである。
「それで、バンドやってたんですか?」
「あー、ヘヴドラね。そこそこウケてた人らでね、先輩の友達がやってるバンドだったの」
「はあ」
「ギターもらって、こりゃ飾るもんじゃないなと思って独学で練習して。先輩に聞かせたら、やってみないかって話になってその後さんざんスパルタさせられた」
そして、スパルタも終わりに近づいたその時に、幸か不幸かheaven's driveのギターが脱退し、その穴埋めとして暫定配置されたらしい。
樹の話では、強制に近い形だったようだ。
「ライヴまで三ヶ月とかいうんだよ、ギター触りだしたばっかのアマちゃんに酷なこと言うよな。服も買わされて、ああ、先輩のを貰ったりもしたけど」
「……それで、うまくいったと」
「知らんわ! メンバーが変わって賛否両論だったらしいし、前のギターが好きだったファンは当然私を攻撃してきたさ。いやあ参ったよ」
盲目的、近視的なファンほど敵に回して怖いものはないらしい。
大学帰りに道でカッターナイフでいきなり切りつけられるわ、ポストには恨みをつづった手紙が詰まってるわ、エトセトラエトセトラ。
「と、この手紙返事したんですか?」
「あー、したした。欲しいって書いてあったからした。写真くれってあったから、それもつけた」
「……」
変に律儀というか、腰の低い人間である。そんなに親切にすることはないと思うのだが――人の勝手なので、京は口出ししなかった。
「背が高くて、胸はないわ足は……まあ、長かったらしい。声も低いっていうか、きゃんきゃんしてなかったからね。そんなんだから、男のカッコした途端それっぽい女子が集うわ集うわ」
「選び放題というやつですか」
「ちゃかすねえ……。ヘヴドラは後続が決まるまでいたけど、まあ悪くなかったよ。後半は自分が足を引っ張ることもなかったし」
「今でも通用すると思うんですけどね……」
そう言い、京は遠慮なく樹をつむじからつま先までじろじろと見る。
化粧をほとんどしていないのは自分同様無頓着なのかと思っていたが、確かに見れば整っている顔だ。化粧すれば男にも女にも化けよう。
「やんないって。もうギターもほとんど覚えてないし、お腹いっぱい」
人には、様々な過去があるものである。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴