PLASTIC FISH
A-side14.月のない夜に雨は降る(2/4)
食事を終えた二人は、ぎこちなさを引きずったままで――それでも未来への段取りを進めるべく、動いていた。
「これ、あれ、それはもう全部いらない」
ダンボールを次々に指さしながら、樹は言う。中を確認していないが、いいのだろうか。
持ち主ゆえに把握している可能性もなきにしもあらず、だがもし後悔するような大事なものが入っていたらどうするのだろう。
京は、確認にと聞いてみた。
「中身、確認しなくていいんですか?」
「昨日までの私の、醜い部分だけを形にしたものだ。捨てないと朝は来ないよ。ずっと」
何度夜が明けようと、決別しなければ樹にとっての朝は来ない。こういったものは決意したとしても未練が残るものだと京は思っていたが、相手は思い切りがいいようだ。
勢いがもつ間に、全てを終わらせたいだけなのかもしれないが。複雑な気分だ。
「無理しなくてもいいんじゃないですか」
「え?」
「彼女のこと、背負って生きていっても誰も責めやしませんよ。捨てるという行為が逃避したいという思いのあらわれであるなら、なおさら」
「……違うよ」
「どう違うと?」
「あー、もお。なんて言うかなあ、みやちゃんもみやちゃんで何でそんなに噛みつくかなあ」
言葉の調子通り、言いながら樹は顔を覆い手を髪の毛の方へ滑らせた。行動はそのまま、心模様を表しているようだ。
「わかんないの! ズルズルひきずりながらみやちゃんと付き合っていくのも嫌だし、過去の事だからって水城のことをどうでもいいって扱いにはできない。けど私は明日が来てほしいし、明後日も明々後日もずっとみやちゃんのそばにいたいの、それは確か!」
「はあ」
「自分勝手かもしれない。けど、あーもー! ビシッと決別して帰ったらみやちゃんにいいとこ見せようなんて思ってたのに、ダメじゃんか自分……。でもね、思うよ。忘れられることが、許されることが、人間にとっての救いだって。相手が死んだらはいさよなら次の人探そう、なんて考えてない。でも、きっと」
「きっと?」
「今思うことは、お婆ちゃんになってから、縁側かどこかでみやちゃんと過去の話として……全部、話せるようになる、そんな思い出だと思うから」
「……」
「あー! もういい! もういい、考えたらわかんなくなってきた! とにかく、うちにあるものは捨てる! ちゃんとした、『現実を写した』写真は親戚が預かってるから、それでいいんだ。もう十年くらい連絡とってないけど」
「……樹さん」
「うん?」
「そういう、人間らしい樹さんは嫌いじゃないですよ」
――そう思えるのは、きっと京が人間ではなしえない、構成できない世界を垣間見たからだろう。
それまでの自分であればきっと、はっきりしろと苛立って殴りかかっていたに違いない。
富岡樹という存在は、人間なのだ。
人生のまだ半分も生きていない、何の変哲もない普通の人間なのだ。
だから迷ったっていい。過去の未練を捨てきれなくてもいい。捨ててしまったとしてもそれは樹が未来を求めてあがいた結果起きた弊害だ。何の不思議があろうか。
きれいごとでも、筋が通っていなくても、なさけなくたってかっこ悪くたっていい。
人間はそうやって生きていく。
明日も、数年後も、死ぬまでの一瞬をずっと。
「……みやちゃん、ありがと。全部片付いたらさ、言っていいかな」
「何を?」
「何って、えーと、なんだろ。や、やっぱり恥ずかしいからやめた」
「気になるところで止めないでくださいよ」
「いいの! もーいいの! あーそれ私のああだめだって開けちゃダメ見ちゃダメ見たらみやちゃんのこと嫌いって言ってやる!」
京の開けたダンボールに何が入っているか気付いたらしく、慌ててそれを妨害しようとする。
だが、冷静さの欠けた樹は小動物よりも弱い。難なくその妨害をかわし、手にとったそれは小さなフォトアルバムだった。
中から、はさまっていたのだろうメモがはらりと落ち、京のひざの上へ。
『よかったらウチに来てくださいね。 by heaven's drive一同』
「……」
メモの文章を確認してから、アルバムの写真を見る。
十年ほどだろうか、それくらい昔の時代を感じさせる雰囲気だ。写っている人物は一瞬誰かと思ったが、なるほど。髪型が今と変わっていない。
写りのせいかもしれないが、写真の方が色鮮やかに見える。毛先だけでなく、全体にランダムな赤のアッシュを入れている。
この、独特の化粧と服は――。そして、自慢げに構えているものは。
「樹さん、昔……今でいうビジュアル系のバンドでもやってたんですか?」
今の髪型も個性的だと思っていたが、確かにこんな過去を見つけてしまっては納得だ。
「あぁぁ、見るなって言ったのに……」
樹が戦意を喪失したので、チャンスだとばかりに京は同じダンボールをあさってみる。これくらいの悪さ、許されないとつりあわないだろう。
見ると、大量の手紙やメモが入っている。手紙を見るのはデリカシーがないが、一通くらいなら――ブロック模様のシールが貼ってある一つを手にとる。
一応確認しておくべきだろう。
「いいですか? 見ても」
「はぁぁ……」
いいらしい。いいんだろう。いいと思う。いい。いいんだ。そうか、いいなら見よう。京は丁寧に、シールをはがし中のびんせんを取り出した。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴